武蔵野スクランブル

あみだくじ

武蔵野スクランブル


 あるところに武蔵野ノ国という名の国がありました。武蔵野ノ国には二人の王がいて、二人の王はそれぞれ東の国と西の国を治めました。


 東の王は残虐非道な人で、国の発展を優先し民からあまり慕われていませんでした。


西の王は温厚柔和な優しい人で、国よりも民のことを思いやり、たくさんの人から慕われました。


しかしいつしか両国の民は「王様はこの国に二人もいらない」と言い出し、どちらの王が真の国王となるのか決めることになります。


そして王戦が始まりました。


二つの国を隔てていたのは人の背丈よりも高く茂るススキの野原でした。それ故に国民はススキを掻き分け、東の国から西の国へと、西の国から東の国へと行き来することができます。


そこで、東の王様は提案します。


「8月15日までにより多くの国民を集めることができた方を次の国王とし、それができなかったら方を死刑にしよう」と。


西の王様は反論します。


「負けた方が死ぬ必要は無い」と。


東の王様は言い返します。


「負けた方が腹いせに反乱を起こすかもしれない」と。


 結局、西の王様はこの提案を甘んじて受け入れることになりました。




西の王様はある部下に尋ねました。


「より良い国づくりのために良い考えがあれば教えてくれ」


西の王様はどうすれば西の国により多くの人が集まるのか考えました。


対して、東の王様はある部下に命じます。


「西の国の民を殺してこい。より多く、より残酷に、より非道に」


東の王様はどうすれば西の国からより多くの人が離れるのか考えました。


西の人口が減れば、東の国の人口は西の国の人口よりも多くなると考えたからです。また、殺人鬼が西の国に現れたとの噂が立つと西の人々はこれを恐れて東の国へと逃亡し結果的に東の国の人口が増えることになる、とも。



♦︎



今日も三人の命が奪われた。罪なき三人の儚い命が。


……あと何人殺せば終わるのだろうか。


無数のススキを掻き分けながら僕はそんな想いに駆られた。心が痛い。ススキの稲穂が僕の罪を咎めるように肌を引っ掻く。でも、ぼくはこの痛みが心地よかった。死に魅了されていた。


しかしながら死ぬことは許されない。そういう束縛を東の国王から受けていたから。


国王曰く「返り討ちに遭い死なば諸共、家族の命はない」と。そしてもう一つ、こう耳打ちした。「女を狙え。できれば妊婦がいい。そちらの方がお前の身も安全だ」


僕にとっては100人の命よりも家族の命の方が重い。だから、僕は死ぬことも許されなかったし殺さないことも許されなかった。


「死にたい……」


切実な思いだった。独り言のつもりでこぼしたその一言、それに応えるものがいた。


「どうして?」


途端サッと臨戦態勢に入る。


ガサゴソと稲穂を掻き分けやがてその少女は姿を現した。月のように美しい、少女だった。


「近寄るな! 殺すぞ!」


こう言えば皆たちまち逃げ去る。しかしその少女は違った。臆することなく両目を閉じ手を広げその身を差し出しそっとこう言った。


「どうぞ」


呆れた僕はさらに逃げるチャンスを与えるために少女にこう尋ねた。


「君は東側? それとも西側? 悪いけど、西側なら命はないと思って」


「西だよ」


少女は口を歪めて笑った。


僕は目を見開いて驚く。


実はこのようなことを言ったのは10回目で前の9人は何かを察したのかみんな口々に「東の民」と答え西の国へと帰っていった。


殺人鬼が殺すのは決まって西の国民だけ。西の国にはいつしか「東の民を名乗れば殺されないらしい」との噂が広がった。しかしながら少女は西の民を名乗った。折角助けてあげようと思ったのに残念だ。


僕は唇を噛みナイフを構える。


やはり少女は動かない。


僕は一直線に距離を詰め、少女の前でナイフを振り上げた。


それでもやはり少女は動かない。










「……殺さないの?」


少女はそっと目を開けた。美しい瞳が月の光を反射する。


「殺せるわけないだろ……どうして抵抗しないんだよ」


「醜いから」


「醜い?」


「そっ。どうせ何もしなくても死ぬんだし。折角なら綺麗に死にたいの。あっ、刺すなら顔じゃなくてココ、心臓がいいな」


「ふざけるな! 僕は本気だぞ! 僕は西の民を殺さなければ家族の命を取られるんだからな!」


「なら尚のことわたしを見逃すわけにはいかないね」


少女はクスクスと笑った。


変な少女だと思った。死が近づいてなお余裕の笑みを浮かべていた。まるで僕が少女を殺せないのを見透かしているかのように。


やがて少女はゆっくりと結ばれた口を開きこう続ける。


「だって、君は女の子を殺せないもんね」


「……」


「殺された人達は決まって独り身の男。だからと言って許される訳じゃないけれど、君は本当はとっても優しい人」


「……やめろ」


頬を何かが伝わった。


「君は優しすぎるから」


「……違う」


「わたしもね、一度人を殺したことがあるの」


「えっ」


そぐわない言葉が華奢で美しい彼女の口から出てきた。


「だからわかるの。殺すのって殺されるのよりも痛いんだって」


「あ、あ」


「痛いよね、ココが」


彼女はそう言い僕の胸のあたりをトントンと叩く。


「あああああああ」


僕は嗚咽を漏らしてその場で泣き崩れた。


「よしよし」


彼女は撫でるように僕を包み込んだ。


「君は何も悪くない。だから、あまり自分を責めないで……」


月下が差し込むススキの草原に隠されながら二人の姿が重なり合った。


「でも約束して。もう誰も殺さないで。あなたの家族のことはわたしがなんとかするから」


「君が?」


「そう、きっと悪いのはあなたじゃなくてわたし。わたしはこれからまた一つ罪を重ねる」


そう言い残して彼女は去っていった。彼女が向かった先は、東の国だった。




次の朝、僕はいつも通り王宮へと出向いた。いつもと違うところがあるとすれば王様がいつもの王様ではなかったということ。


王様はこの上なく機嫌が良かった。


を何度も何度も舐め回していた。


素敵な笑顔をした彼女の顔を何度も何度も。


『そっ。どうせ何もしなくても死ぬんだし。折角なら綺麗に死にたいの。あっ、刺すなら顔じゃなくてココ、心臓がいいな』


ナイフが彼女の心臓を貫いていた。それを見た僕は全てを悟った。


『そう、きっと悪いのはあなたじゃなくてわたし。わたしはこれからまた一つ罪を重ねる』


国王は言う。


「忌まわしき西の国王は死んだ」


「……」


憎悪の炎が湧き上がってきた。


「王戦はここに終戦したのだ! わたしこそがこの国の王。これで西の国もわたしのもの……」


王様は立ち上がり満足げにそう言った、がやがて彼女の顔が目に入り何かを思い出したかのように黙ったまま醜い顔を歪ませ、彼女の顔を何度も何度も踏みつけた。


「力もないくせにわたしよりも民から慕われて。妬ましい。妬ましい。ねだまじい!」


「貴様ぁぁぁぁぁぁ!」


気づけば剣を抜き王の右腕を切り落としていた。


「ぁぁぁぁぁぁ! 痛い。いだいいぃぁぁ! 血がぁ……血がぁ」


王様は情けなく悲鳴を上げた。


「まだたくさん残ってるな……次はどこがお望みだ? 左腕、右足、左足、内臓、首ぃ!」


僕は剣を振りかざす。刹那、頭に懐かしい声が響いた。


『でも約束して。もう誰も殺さないで』


彼女の声だった。


「……」


僕は剣をおさめて地に這いつくばる王様を見下し一瞥した後、彼女の冷たくなった体をそっと抱え込む。


とても綺麗な顔をしていた。おおよそ人が死の間際に見せるような笑顔ではないことは確かだ。


涙が零れ落ちた。


「君は本当に罪深いね」


誰もいないススキの平原のちょうど真ん中。僕はそこに穴を掘り彼女を埋葬した後、そっと手を合わせる。


「君の勇気がこの国を繋げたよ。僕も、今」


(ごめん……約束守れなかったよ)


僕は剣を振り一人の命を絶った。





のちにこの地には大きなスクランブル交差点ができた。


今日もまたたくさんの人が行き来しすれ違う。


彼女はきっと望んでいた。


いずれこのススキの野原が刈り取られ、多くの人が東から西へ、西から東へと行き来することを。


僕は望んでいた。


いずれこの地で多くの人がすれ違い。僕のように恋をすることを。




今日もまた武蔵野のスクランブル交差点で二人の男女がぶつかった。


「あっ、ハンカチ落ちましたよ」


少年は少女にそう声を掛けた。


「あっありがとう。あれ? あなたどこかで……?」


「……ふふっ。君は本当に罪深いね」


少年は少女の手を取り走り出した。





〜あとがき〜


武蔵野はかつてはススキが有名な場所であったそうですのでこれをモチーフにこの文章を創り上げました。東の王様は西の王様しか見えていませんでしたが、西の王様は東の王様ではなく武蔵野ノ国のことを見ていました。他者と自分とを比べることなく自我を大事にして生きていくことは大事だと思います!


なお当文は実際の歴史に忠実に基づくものではなく、想像に基づいたフィクションですのであらかじめご了承下さい。


最後まで読んでいただきありがとうございました!

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