〜忘れ物駅〜

あゆう

忘れ物駅

 高二の夏、自宅を出た俺は、自転車にまたがって目的地である宇部駅に向かう。

 ちなみに今の時刻は九時十分。

 一日に六本しかない内の二本目の電車が出るのは九時四十五分。

 駅まで自転車で十分くらいだから、まだ余裕で間に合うな。


 間に合うけれども……。

 俺はギアを上げ、立ち漕ぎに切り替えて少しスピードをだす。

 今年は冷夏らしく、今の時間じゃまだまだ涼しいから、少し急いだところで汗をかく事はないだろう。


 そのまま漕ぎ続けて駅に着き、時計を見ると画面には九時十六分の表示。

 追い風もあったせいか、思ったより早く着いたみたいだ。

 そのまま自転車を駐輪場に持っていき、鍵をかけ、その手をポケットに入れながら上を見上げる。

 そこには俺がいつも使っている駅があった。


 ここの駅は斜面にあって、すこし外側に張り出している。そしてその周囲が、上下左右を木でびっしりと囲まれている。そこに、木の裏に隠れている階段で上がっていくのだ。

 俺は昔からこの駅が好きだった。

 なんて言えばいいのかな?

 あぁそうだ、あれだ。秘密基地。

 よく漫画とかで見ていた、木の上にある秘密基地に似ているんだ。きっと憧れが胸の中に残ってたんだろうな。

 けど最近、他にも好きな理由が増えた。それは今日もこの階段の先にある……はず。


 若干の期待をしながら階段を上がって駅の中に向かう。

 駅と言ってもここは無人駅で、広さは六畳の部屋が二つ分あるかないかってくらい。壁には、本数が少ない分、無駄に大きな字で書かれた手書きの時刻表。床は板張りで、使わなくなった電車の座席を椅子代わりに、コの字型に置いてあるくらいで、後は何もない。

 ついでに人もいない。学校がある平日の方が人を見るくらいだ。


 階段を上がりきると、視線はすぐに一ヶ所に向く。壁に貼ってある時刻表の下の椅子の上にはあった。


 今日はこれか……


 そこに置いてあったのは古い漫画本。白かったであろうページは薄い茶色にかわり、背表紙は一度破れたのか、テープがはってある。

 初版発行日を見ると俺が生まれる前だ。なんとなく聞いたことはあるけれども読んだことはない。そんな本。


 俺は椅子に腰をおろしてページをめくる。

 うん。おもしろい。

 今風な絵じゃなくて少し古臭い感じだけど、なんか目が離せなくてページをめくる手がとまらない。


 これが最近増えた、この駅が好きになった理由。

 三ヶ月くらい前の休日、この時間にこの駅に来ると、時刻表の下のこの場所に、ぽつんと一冊の漫画本が置いてあった。

 最初は誰かの忘れ物だろうと思ったから触れないでおいたけど、次の週も置いてあったから、電車が来るまでの時間潰しに読んだのが始まり。

 それ以降、休みの日にこの駅に来ると必ず置いてある。けど、なぜか平日には見たことがないんだ。

 まるで俺を待っているかのように置いてある、忘れ物。


 今まで読んだのはどれも全部が面白かった。どれも一巻だけで続きが気になるほどに。

 夢中になりすぎて何度か電車に乗り遅れそうになったこともあったけど、車掌さんが声をかけてくれてなんとか間に合う……ってこともあったな。


 ジリリリリ──


 ん? もう時間か。なんとか電車が来る前に読み終われたな。

 俺は読んだ漫画本を置いてあった場所に戻して、目の前で停まった電車に乗り込んだ。車掌さんに挨拶をするのも忘れずに。



 そして次の週、今日はどんな本があるかを楽しみに再び駅に来ると、いつもの場所に本は無かった。辺りを見回しても見当たらない。

 誰かが持っていった? けど、休日にこの電車を使うのは、じいさんばあさんくらいだぞ?

 ……もう忘れ物しなくなったのかな?


 何か物足りない気分になりながら、ぼーっと電車を待つ。


 なんかつまんないな……。


 そんな事を考えていると、目の前に電車が停まる。

 あぁ、乗らないとな。少し重く感じる腰を上げ、電車に乗り込んでいつもの様に車掌さんに挨拶をする……ってあれ? 車掌さん変わった? いつもの人じゃないな。

 いつのまにか車掌は若い人に変わっていた。


 なんだ、ここも変わったのか。

 なんだろな。なんか少し寂しい。


 そのまま電車に揺られること20分。

 目的の駅に付くと、電車を降りて俺を待ってる人の元に向かう。

 降りてから十五分ほど歩き、目の前の扉の横にあるチャイムを押す。


 ピンポーン


 少しすると扉の向こう側から聞こえる足音。

 そしてすぐに動く引き戸。


 ガララッ


「はぁーい。やっほぃ! ほら、入って入ってぇ〜♪」


 俺を出迎えてくれたのは、三ヶ月前から付き合っている俺の彼女。

 そう、ここは彼女の家だ。最初は引け目しかなかったけど、どうしてもって言うからこうして毎週の様に家にお邪魔させてもらっている。

 ちなみに、通学定期が乗り放題パスも兼用しているから、電車賃は問題ない。

 それにしても……今日はやけに機嫌がいいな。なんか嬉しいことでもあったのか?


「お邪魔します」

「はい、いらっしゃい♪ あのねぇ、合格だってよ?」


 合格? なんのことだ?

 首をかしげていると、廊下の向こうから歩いてくる人影が見える。明らかに彼女のお母さんじゃない。

 そういえばお父さんには会ったことがなかったな。

 失礼があってはいけないと思って、気持ち背筋を伸ばして待つ。ってあれ?


「やぁ、こんにちは。僕の【】は楽しんで貰えたみたいだね」


 えっ? 車掌さん? 彼女のお父さんが?


 思わず横を向くと、彼女は目一杯ニヤニヤしていた。

 そうか、君は全部知ってたんだな。だから俺を家に呼んでまでどうしてもあの電車に乗せたかったのか。


「僕はこの歳でも漫画とか好きでね。どうやら趣味が合うみたいで良かったよ。で、どうかな? 今まで読んだ本の続きが全部僕の部屋にあるんだけど、一緒に読んで考察なんてしてみないかい?」

「ちょっとお父さん? アタシの彼氏なんだからそーゆーのは今度にしてよ!」

「あぁ、悪い悪い。じゃあ君、続きが気になるならいつでもおいでよ。大事にしてるから貸すことは出来ないけど、ここで読むぶんには全然かまわないからね」


 そんな魅力的な提案をされたのはまだ涼しい夏の日の午前の事。

 あぁ、そうか。

 はは、俺はこれからもあの電車に乗るんだな。


 そんな事を思うとなんだか笑いがこぼれた。

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