幼馴染があやしい。

幼馴染があやしい






最近、幼馴染の様子に違和感を感じることが増えた。


彼女は中学からエスカレーターの私立の学校に通っていて、今年からそのまま大学に進んだらしい。

俺は公立の学校に通っていたから、中学の時から学校は別だった。



そのせいもあってか、以前は毎日のように会いに来て、その日あったことや学校で流行っているもの、クラスであった話などを語っていっていた。


お菓子を持って来て、いつも楽しそうに語る彼女を見るのは、俺の楽しみだった。

たとえ自分が知らない場所での話だとしても、彼女の話す様子や表情を見ていると、自分まで嬉しくなった。




それなのに、最近はあまり来てくれなくなってきた。

頻度も一週間に一度来れば良い方になった。


もちろん大学が忙しいのもあるだろうけれど、なんとなく忙しさだけではないような気がする。


化粧も少し変わった。

服装なんかも前はパンツスタイルが多かったのに、スカートをよく履くようになった。


まあ以前からもっと化粧をすれば良いのにと思っていたし、スカートも似合うと思っていたのでそこはいい。



ただ、男の影がちらつくというか。そこが少し気になるというか。


大学でのことを話す時の雰囲気や表情が、どことなく以前とは違うので、好きな人や恋人でもできたのかもしれない。









そんなことをボーッとしながら考えていたから、今日も彼女が訪ねてきていたのに気がつかなかった。



「おはよう。今日は晴れて良かったね」

「うん…?ああ来てたのか、おはよう」


挨拶を返しながら様子を探るが、やはり今までとは違うような気がする。

今日もスカートだし、ピアスもちょっとおしゃれなやつだし、このままデートなんかにも行けそうな服装。


何よりスカートが少し短い。絶対にしゃがんだら危険だし、電車にでも乗ろうものなら痴漢の餌食になりそうだ。



「今日はね、この後ちょっとお出掛けなんだ。やっと雨がやんだ週末だから、この後遊びに行くの」

「へぇー、それは楽しそう、だな」


誰とだ、誰と行くんだ。


「中学からおんなじ所に通ってた大学の先輩にね、水族館に誘われたの。ほら、小学校の頃お父さんの車でよく連れて行って貰ってた所」


ああやっぱり。

いやでもまだその先輩が実は女の先輩という可能性も無くはない。



「その先輩かっこよくてね、高校の時も学校で副生徒会長やってて、女の子とかにも密かにモテてたんだよ」



男か、男なのか。いやでも女の子にモテるカッコいい女の先輩もいなくはないはず。



「先輩はずっと男バスに入ってて、今も1年生なのに結構活躍してるんだって」

「そ、そうなのか、よかったな…」



終わった。

もう完全に男じゃないか。しかもかなりハイスペックな。


彼女の学校は成績がよくないと、生徒会なんて所属させてはもらえなかった。つまり副会長ができていたということは頭は良いはず。今もバスケ部で活躍してるなら運動神経は良いとわかるし、更にかっこいいと来た。



「じゃあ、そろそろ行くね。またお土産持ってくるから。楽しみにしててね!」

「うん。たのしみにしてる、よ……」



それをいうと、彼女は手を振りながら嬉しそうに駐車場の方に走っていった。


なんとそのハイスペック君は幼馴染とはいえ男に会いに来るために、車まで出してくれたらしい。なんと器がでかく優しいことか。


いちいち幼馴染の服装や変化を気にしている自分の器の小ささに、少しへこんだ。









それからまた数日雨の日が続いて、やっと晴れた日の午後。彼女がお土産を持って再び来てくれた。


イルカのクッキーを買ってきてくれた彼女は、小学校の頃の俺の好みを覚えていたらしい。


水族館で食べたアイスの話や、大きな水槽を見た話、先輩と話したことなどを、楽しそうに語っていく。


でも楽しそうに話しているのに別の何かを言おうと緊張しているようで、少しその事が気になった。



今日は服装もそんなに決め込んでなくて、紺のパンツに清潔感漂う白いシャツを合わせているだけだ。


それが小学校の頃によく着ていた服に似ているのにやっぱりどこか違って、懐かしいけれど少し悲しかった。



話しながら別のことを気にして緊張していた彼女は、そろそろ帰る時間だろうというタイミングになって、やっと真っ直ぐこちらを見て言った。



「あのね、この前先輩に告白されたんだ。それでね、付き合うことになった。」


とっさになにも言えなくて、俺は視線を落とす。


しょうがないことだと分かってはいたけれど、いざ面と向かって言われると、彼女が自分以外と恋愛をするということが悔しくて悔しくてたまらない。



もう俺の言うことは彼女に聞こえないし、触れることすら出来ないというのは変えようのない事実なのに。



彼女は真っ直ぐにこちらを見ているのに、俺は彼女のことを直視できない。



「『死んだ幼馴染のことを想っているのは知っているけれど、俺はそれでも君が好きなんだ』って言われたの。」


そう言いながら彼女はそっと目の前の墓石に触れる。そしてその下には俺の骨が埋まっている。


俺は5年前に交通事故で死んだ。


いつも掃除をしてくれる彼女のお陰で、5年たっても綺麗なままでいる俺のお墓には、雑草ひとつ生えていない。


正面には小さめの向日葵やカスミソウで作った花束に加えて、イルカのクッキーが供えられている。


「私もね、先輩のこといい人だと思うし、次に好きになるならこの人が良いなって思ったの。」


ちらりと見た彼女の顔は、泣きそうなのに幸せそうで、あるはずのない心臓がひどく痛んだ気がした。





彼女のことが大好きだった。どこが好きかなんて明確に言えないほど全てが好きだった。


学校では一緒に過ごせない代わりに、放課後一緒に帰ったり、週末に勉強したりした。中学を卒業したら、高校からは同じ学校に通えるように、必死に勉強していた。そして高校に入ったら告白するつもりだった。



いつか好きな人が出来たら応援しよう。

俺の死を悲しむくらいなら、とっとと忘れて人生を送ってほしい。


そんな綺麗事を言えないほど今でも彼女が好きだ。

もし恋人でも作ろうものなら、相手を祟ってやりたい。ずっと俺のことを忘れないでいてほしい。

死んだその瞬間からずっとそう思ってきた。



でも気づいてしまった。

彼女は毎日のように、楽しそうに笑いながら日々の生活を報告しに来てくれていたが、五年の間一度も幸せそうに笑っていたことは無かったと。


そしてそのことが、恨みとか嫉妬とか、そんなものを感じられないほど悲しかった。




「そっか、俺はもう君を幸せにすることはできないんだよな。」


俺にはなにもできない。俺にとらわれ続けても彼女は幸せにはなれない。彼女を幸せにするのは俺じゃない。


わかっていたはずだったのに、俺は五年間ずっと諦めきれなかったんだ。




最初の頃、彼女がここに来ると毎日のように泣いていたのを知っている。

俺が何を言っても彼女は泣き止まなかった。



ここに来る時は、わざわざ着替えて昔のパンツスタイルを貫いてくれていたのを知っている。

本当はスカートの方が好きなのに。



ほぼ毎日、学校が終わり次第すぐに墓参りに来てくれていたのを知っている。

友達と遊びに行くのを断ったのだって、一度や二度じゃないはずだ。



あの水族館は車より電車で行った方が早いのを知っている。

きっと先輩はあの日、俺と同じように彼女を心配して、電車に乗せないように車で行ってくれたんだ。


知っていた。分かっていた。

俺には彼女の幸せを祈ることぐらいしか出来ることはないと。




顔を上げ、前を見てみると、相変わらず泣きそうになりながら笑っている彼女がいる。




俺とずっと一緒にいてほしかった。

共に生きていたかった。


でも何より君を幸せにしたかった。


それにはもう俺ではない別の誰かが必要なのだろう。

その別の誰かといれば、きっと彼女は今よりも幸せに笑えるのだろう。


そう思えば、彼女の隣に誰かが並び立つのも悪くはないと思える気がした。



「よかったな。優しい恋人が出来て。」


今は心の底から祝うことはできない。


けれど、いつか君が泣きそうにならなくても、幸せを感じて笑えるようになることを、ここから祈っている。

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幼馴染があやしい。 @lyre

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