女の子が男の娘をリードする話

夏山茂樹

少女は彼の手を掴んだ

 それはまだ、琳音りんねくんが電気絨毯の上で拷問されて入院する前の話。四年ぶりに初恋の人と再会するという事実を知ってから数日後、土曜日のことだった。

 私と彼は播磨はりまさんの家でスマホをいじりながらいろいろ話をしていた。遮光シートで日光が遮られた客室のベッドの上で、女友達のようにお互い喋りあってはゲラゲラ笑い合っていた、本当に珍しい土曜日。


 琳音くんは一応通信制の中学校に所属していることにはなっているが、まともに勉強する姿を見たことはなかった。彼が長い髪を結えて、コンビニで買った食べ物の中から音を立てて、私の名前を呼ぶ。


「なあ真中まなか


「なあに?」


 琳音くんの方から私の名前を呼んで話しかけるのは珍しかったから、思わず私は反応して彼の言葉に思わず聞き返した。


「俺って誰に見えるかな?」


 彼は時々返答しづらい質問をしてくるのだが、私はそれでも自分なりの答えを作っていく。それがたとえ論理的に無理があったとしても。


「誰って、そりゃ女の子に決まってるじゃない。十五歳よりちょっと年上の」


 すると琳音くんはどこか気まずそうな顔をして、私の頬をペチンと叩く。


「なにやってるの、琳音くん」


 痛くはないものの、それが何度も続くものだから、さすがに私も彼の手を止めて理由を聞く。


「いやあ、お前って肌にハリがあって羨ましいなって……」


「それくらい太ってるって皮肉?」


「いや違うけどよお、これが女と男の違いか」


「そういえば男子って成長すると角ばった体になるよね」 


 私の言葉に両眼を見開いて、「確かに」と言うような感じでベッドに横になった私を見つめる琳音くん。切り揃えられた前髪から覗くその大きなネコ目は、歪な光をこめて私を見つめてくる。その瞳には羨望、嫉妬、友情などといった感情が入り乱れてどこか狂った人間のようだ。


 腰まで伸ばした長い漆黒の髪は、今日は私のように一つの三つ編みに結われて、団子としてくるくる巻かれている。切って仕舞えばいいのに「邪魔だ」と言っていつもそよ風になびかせるその髪をその日は結っていた。

 琳音くんの艶やかに光る髪に見惚れていた私は、自分の両手が彼の細い腕に押さえ込まれていたことに気づかなかった。


「真中……」


「ちょっ、何のつもり……?」


 初恋の相手だった先生にさえ、電車で体を売る痴漢にさえ捧げなかった処女を、好きな人に奪われる。なんだかそんな予感がして、私は胸を高ならせて、ベッドに乗り上がってきた彼の足を絡める。


 すごい。先輩の一部が経験した行為の準備ができていない。ヤバい。今日はお気に入りの下着を履いていないのに。母親が買ってきた黒レースのブラジャーとピンクのパンティという違うセットの下着を付けてきたことを後悔する。

 そんな私は一体どんな顔をしているだろう。琳音くんは青い頬のまま、興奮気味の私を笑って言う。


「やっぱり女ってずるいな」


「何よそれ、男尊女卑?」


「ちげえよ、バカ。好きな奴と結ばれたら子供ができるんだぜ?」


 ああ、そういえば琳音くんの初恋相手は、加藤真夏かとうまなつは琳音くんより一学年上の高校生だった。それも男。


 女子と友人以上の関係になったことが無かったという琳音くんは、きっと成長過程で男女の恋に憧れたことがあって、それが募ってやがて恨みにも近い羨望のようなものを持ったのだと思う。


 彼の体からは美しい女性の匂いがする。香水臭いという意味でも、体臭に気を使っているのが見え見えだということでもなく、ただ単純に女子でも憧れるような美しさを持つ少年への憧れというか、恋心というか、そういったものが私の中でぐるぐる渦を巻いているのだ。


「手をよけてよ。エッチがしたいなら言って」


「誰がお前とするもんか。でもなんでだろ、お前がうらやましい……」


 そう話しかけた途端、彼の目に溜まった涙が私の頬に伝い落ちて、自分でもどうすればいいか分からなくなって少し混乱する。


 力が緩んで、手が自由になった私はそのまま琳音くんを押し倒し返して、その弱い握力で形成逆転する。今にも殺されそうな目をした彼は、血迷った目で私の顔を避けながらもチラチラ見つめてくる。

 彼の冷や汗が掴んだその腕から感じ取ることができた。私は自分が疑問に思ったことを何気なく尋ねたつもりだった。


「ねえ、琳音くんは女の子とのエッチって考えたことないの?」


 しばらく黙り込んで、涙を流す彼に私はその頬や額に口付けながら真顔で続けた。きっと私の顔は彼にとって、鬼のように映っているだろう。


「そのまゆのように白い肌やカラスのように黒い髪。私にはない全てが琳音くんにはあるの。バカな私を押さえつけて遠回しに『嫌い』って言うその態度も。その全ても込めて琳音くんなの。わかる?」


「し、しらねえよ……」


「女の子よりも女の子の形をしたあなたがうらやましい。私なんて、痴漢が値切ってきたらその股間をローファーで蹴り上げてるわ」


 痛いでしょ、蹴られるの。そう言ってニヤけ顔を見せてやれば彼はもう完全に女にさえ屈服してしまうほどの弱々しい子になってしまった。何かが壊れたかのように、目を見開いたまま涙を流し続ける彼を抱きしめるのはたまらなく好きだった。


「愛してる、琳音くん」


 白いワンピースに身を包んだ彼を抱きしめて、私はその微かに柔らかさの残った体を抱擁して愛した。

 それから二ヶ月近く経って、病室の中、真夏がいない隙を狙って私はその時の話を琳音くんにする。


「琳音くんってさ、女の子とのエッチって」


「あああっ! 言うなよ、絶対言うなよ。もし真夏に言ったら俺は終わりだあ……」


 そう頬を赤らめて私を睨みつける琳音くんは、どこか子供のようで可愛らしい。拷問の時にあの長かった髪は切られ、ショートボブのような髪型をしている彼だが、入院していてもその顔は美しい。


 真夏を愛する彼は私を愛することはないだろう。それでも私は彼を好きなまま、この夏休みを過ごして、この町を出るまで、あるいは琳音くんが出ていくまで愛し続けるのかもしれない。この恋はどんな結末になるだろうか? 恥ずかしがる彼をにやけた目で見つめながら、私は将来の彼に想いを馳せるのだった。

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