第7話 第1章-7

 少し進むと、陽の光も入らなくなった。グレイは自分のリュックサックから黄色い石を取り出し、強く握る。すると、石が発光し、視界が明るく照らされた。


「よし」


 これらの色のついた石も、アリサが作ったもの。普段は全十二色が専用の箱に収められていて、今回は使い道がありそうなものを六色選んで持ち運んでいた。


「持つのは最長十二時間、と言っていたから、深くまで進みすぎるのもよくない。少し下り坂になっているし、慎重に行こう」


 洞窟は、ほんの少しずつだが下に向かっていた。しかしそれ以外に変化はなく、洞窟にいそうなこうもりの姿や、向かってくる龍の姿もない。誰も利用していないハズレの洞窟なのかと不安になるが、今引き返すことには意味がないことも分かっている。


「といっても、なにもないとどうしても気が抜けてしまう。全体的に何もなさすぎる。

 この山に龍がいるということは確定したが、どうしてここを選んでいるのかがわからない。あの大きさの体を満たせそうな食料どころか、水すらなさそうだ。霞を食べる人がいるように、雲を食べて暮らしているのだろうか。

 それと、付近での目撃情報があった理由だ。腹が減って山を下りていれば、襲われたという話などが挙がってくるはず。だが、それがなく、貢いでいるという話もないならば、なぜ山を下りているのかが分からない。龍は人間ではないのだから思考回路が違うのかもしれないが、こんなにも不可解なことが多いと嫌でも気にはなる。アリサだったら俺が見落としている観点から正解を予測できているかもしれないが」


 アリサもグレイも生物に関する知識は全くない。しかし、こういった全くヒントのない段階からの考察がよりできるのは、アリサのほう、とグレイは思っていた。ちょっとムラがあるだけで、ちょっと思いつきからの実行が早いだけで、普段はとても頼りになるし、信頼している。とくに今回は対象が龍で、人でないのならばなおさら問題がない。こんなときに限ってはぐれてしまっていることが歯がゆい。グレイは唇を噛み、歩調を速めた。


 そうして、十分ほど歩いたときだった。


 今までは細い通路だったために、石からの光が壁に当たっていた。しかし、その光が広がり続け、壁に当たる前に消えるようになった。足音の反響もいつの間にか変わっている。


「もしかして、通路ではなく、広間的な場所に出ている……?」


 グレイが気がついた、そのときだった。


「動くな、手を挙げろ」


 冷たい何かが、首元に押し当てられた。心当たりのない男の声。脅し方から龍でないことが予測できたのは不幸中の幸いかもしれないが、この暗闇で的確に脅しをかけられる時点でただものではない。首元のものが何かもわからない以上、うかつな行動を避け、相手の指示に従っておくべきだ。


 そう考え、グレイは振り向くことなく両手を挙げた。その途中、光を当てて首元を確認すると、白い手袋に握られた銀色の何かが一瞬反射した。刃物である可能性が高い。


「ちょっと待て、手が光ってないか?」


 発光する位置が動いたからか、男が興味を持ったようだ。人質に世間話を振るとは気の抜ける襲撃者だ、と思いつつも、嘘偽りなく解説した。


「ああ。左手に石を持っていて、それが光っている。暗闇で発光するものだが、消すことはできない。どうしたらいい?」


「へー。持ち歩ける火以外の灯りか。どうしようかな。

 そうだ、壊れなさそうなら足元に向かって落としてくれ。今俺はお前の後ろにいて、もう片方の手で頭を押さえているから、手首を返して脳天直撃を狙っても無駄だぜ、従ってくれ」


 落として壊れるほどの強度ではなかったはずなので、言われた通りに自分の足の少し前に落とした。これで男の足元を確認できるようになったが、首元に刃物があるかもしれない今、不用意に動かすことはできない。自由に動かせる口を使って、状況を打破する必要があった。


(困った状況だ)


 アリサなら転移で抜け出してカウンターパンチを食らわせていただろうが、グレイにはそんな小技がない。さらに、リュックサックを背負ったグレイの首元を狙えることから、体格が同格もしくはそれ以上と考えられる。ここまでだと、非常に悪い事態だ。


 しかし、会話を思い出してみると、隙がありそうな気がしてくる。どうしようと思っても、どうしようと口に出すだろうか? 反撃を食らわないように警戒しているときに、その説明をするだろうか? 口下手なグレイにも、勝機は五分以上ある。


「後ろのお前、脅しをかけてきたということは、俺に要求があるということか?」


「そうだな! 要求というか、お願いというか? 殺して食おうとかではないから安心してくれ。安心できない? その通り!」


 口下手でなくても、返す言葉が思いつかない一人芝居。


「笑ってくれないのか。昼過ぎに走り回っていたからもうちょっと愉快なヤツだと思ったが、とんだ見当違いだったか!」


「あれは不可抗力だ! ア……」


 アリサ、と言いかけてしまったが、飲み込んだ。二人で登っていたことが見られていたとしても、自分から漏らしてはいけない。

 失言を避けるために口を閉じて待つと、ふいに首元にあった圧迫感が消えた。


「じゃあそんなクールな坊やとは、話し合いをすることにしよう。せっかく灯りもあることだ、座ってゆっくり、いかがかな?」


 その灯りは俺のもの、と言いたいのを堪えて、その場に座った。すると、グレイの顔まで光が当たったので、もし話し合いらしく光の向こう側に座ってくれれば顔が確認できそうだ。少し期待し、着席を促す。


「座ったが。お前もどうだ? リュックサックの中にお菓子もある」


「お菓子やったー! 

 ちょっと待って。顔を隠すから。仮面、仮面、どこだ? 今日荷物多いな。痛い、石邪魔! あった!」


 もちろんグレイに下手な誘いという自信はあったが、思いの他簡単に乗ってくれた。ただ、仮面は見つかったようだし、さすがにお菓子を食べるために外すほどの愚か者ではないだろう。作戦は半分成功、半分失敗というところ。油断せず会話を続け、情報を少しでも引き出さなければ、と気合を入れる。


 がさごそと男が音を立てている間に、リュックサックを開いて、適当に食べられるものを並べる。前日のようなおいしいクッキーはなく、飴や乾いた肉しかないが、お気に召していただけるだろうか。


「肉だ! 重たいからほとんど置いてきたんだ、ラッキー! いただきます」


 グレイの向かいに音を立てて座り、早速肉に手を伸ばす。

 照らされたことで確認できた男の服だったが、全てが白色だった。山道を登って来たとは考えがたい、汚れ一つない靴。統一されたジャケットとズボン。食べるときにも外されない手袋。その手は今、噛みきれない肉と格闘中。


「しょっぱくて、肉で、元気は、出るけど、噛みきれない!」


 勝手にやってろ、という冷めた目で見ながら、グレイは飴を口に入れる。疲れた体に甘さが染み渡り、このような状況なのに気が抜け、息が漏れてしまう。


 グレイの飴が噛み砕けるほど小さくなるまで、男と肉の戦いは続いていた。顔だけは隠したいのか、仮面を少し持ち上げながら引っ張っているので、上手く力が入らないというのが想像に容易い。


「外して食べたら楽だろう」


「その手には乗らねぇ、ごちそうさまだ」


 声をかけたら反抗され、まだ半分弱残っていた肉が一気に放り込まれてしまった。二度ほど喉に詰まりかけたように見えたが、何事もなかったような顔をしている。が、グレイが水筒を差し出すと、すぐに受け取って飲み始めた。


「た、助かった! 干し肉はそれだけで食べるものじゃなかったな!」


「人の食べ物を貰っておいてその言いようはなんだ」


「じゃあ言うけど、人質なのにその態度はなんだ!」


 と口では言いつつも、グレイはお菓子をしまわなければ、男もナイフを持ち出す素振りもみせない。あくまで双方話し合いを求めている。このような口喧嘩ではなく。


「この際、態度のことは置いておいてやろう」


「お前のその態度が俺には気に食わない」


「話の腰を折るな!

 俺が聞きたいのは、お前たち二人の目的だ。さっき午後から見てたと言ったが、実は昼食の直前から見てた。最初はただ単に、『俺以外にも登山客いるじゃん! 村人騙したな!』くらいの気持ちで。

 で、何があるかわからない山だから先行してもらって、安全で安心な登山をする! そのつもりだった。でも、昼過ぎにお前らが急に暴れ出して加速したから全然追いつけない。完全に見失ったら作戦失敗だから超頑張って雲の高さまで行ったら、今度は大きな足跡。予定変更して足跡の方向に向かってみたら、洞窟と怪しい目印発見! そーっと追いかけて、動くな! というわけ!」


 話し終わりに合わせて首が少し揺れたので、ウインクをしたのだろうとグレイは思った。行程に関しては、そうか、としか思わなかった。この話したがりが勝手に脱線して勝手に暴走することにつき合ってはいられない。これならアリサをいさめているほうがずっと気持ちが楽だ。精神的な疲れからか、グレイの手は次の飴に伸びる。


 その手は、白い手袋にはたかれた。


「目的! マイペースな人質だな?」


 ああ、そうだった。と手を引っ込めて、目的について思い返す。相手がどこまで知っているのか、自分はどこまで話していいのか。暫し悩んで、口を開いた。


「目的か。

 さっき、龍の足跡を見たと言っていたな。実は俺たちは、とある人物に依頼されてこの山にやって来た。依頼内容を全て明かすことはできないが、龍に関係しているということはもう察せていることだろう。依頼達成のために、足跡が進んでいた方へ向かったのだが、先行した彼女を見失ってしまった。辿り着いたのがこの洞窟だったが、待って彼女が来るとは考えがたかったので、先に進んだ。

 と、これくらいでいいか。目的は龍に関係しているが、ここでそれが確実に達成できると考えて入ったわけではない。他を当たったほうが意味があるかもしれない」


 うっかり男の流れに合わせて話しすぎてしまったかもしれない。色々語ったのに中身がない話に納得してもらえるか。グレイにはうんうんとうなり続けている男を見て待つしかない。


 男はしばらく考えたのち、わかった! と言って手を叩いた。


「なんにもわからんから目的話して! 俺も話すから!」


「じゃあ最初のわかったはなんだったんだ!」


「わからんことがわかった!」


「それはよかったな!」


 本当にこの男と会話し続けることに意味があるのか、とグレイは悩む。全身白で山を登ってここまで来た男の目的が気にならないわけではないが、こんなにも精神力を使ってまで知るべきことか。今、急に立ち上がって全力で走って別の洞窟を探したほうが有意義かもしれない。


「俺の目的はズバリ、」


「勝手に話し始めた」


 考えることすら意味がない、が答えだった。


「ズバリ、ズバリだよ。

 何かお宝が欲しくてはるばる王都からやって来たのだ!」


 片手が腰に当てられ、もう片腕は上に伸びていることから考えると、ポーズを取っているのだろう。唯一の観客はついに一瞬も視線を動かさなくなってしまっているが。


 沈黙に耐えかねた男が、求められていない話を続ける。


「今王都は、カネの話ばかり。必要な話ではあるが、その話ばかりというのもつまらない。せっかく龍の目撃情報があっても、次の日には忘れらされている。なんと嘆かわしいことか!

 そこでだ。王都一の怪盗である俺が、龍の住処から何かを盗んでこよう。それを見せつけて、街の人が夢のある話をするようにしよう、というのが目的だ! 宝を求めてここまで来たのなら、残念だがお帰り願いたい。また今度出直してくれたまえー」


 とてつもなくツッコミどころがある話だったし、要点を纏めるとグレイたちと被っている可能性がある話だったのだが、完全にグレイは聞いていなかった。面倒くさくなっていた。話し方もいつの間にか無駄に仰々しくなっていて、同じ舞台の上に立って会話を続ける必要性すら感じさせないものとなっている。


「いやぁ、俺が怪盗をしていることは、世界で五人くらいだけの秘密だったんだけどな。これで世界で六人くらいになっちゃったな。頼むから内緒にしておいてくれよな!」


「頼まれなくても誰にも話さないが」


「優しい……。ドキッとしちゃった……」


「話す価値のないことだ」


「厳しい、でもそこがいい!」


 少し返事をしたら勝手に好感度が上げられている。肩を落として、飴を食べて時間を潰す。


「ていうかどこ住み? 王都? もしかして龍の噂を聞いて来たクチ?」


「……」


「龍の宝ってなんだと思う? 俺は宝石かなって思ってるんだけど、もしいっぱいあったらどうやって持ち帰るか考えてなくてさ。お前ならどうする?」


「……」


「その前後リュックサック、正直言ってどう思ってる? 俺はダサい、ないと思ってる」


 放置するとだんだんと気持ち悪い絡み方になっていく男に対し、ついに堪忍袋の緒が切れた。奥歯で勢いよく飴を噛み砕いてから、顔を上げて、仮面に隠れて見えないが笑っているであろう目をきっ、と睨みつける。


「なあ」


「ん? どうかしたか?」


「洞窟の入口にあった赤い岩、知ってるか」


「これだろ」


 男はマントの内側から、石を取り出す。光が当たると確かに鮮やかな赤色で、グレイが入口に置いて来た石だと見て取れた。


「そうだ。

 その石を強く握ってみろ」


「おう」


 男は言われた通りに力を込める。


 すると、赤色の石は光を出した。が、これは先程の黄色の石とは違う光だ。


「熱い!」


 そう、赤色の石は、力を加えると発火する石だった。猛獣に襲われた場合や野営をするときなど、屋外では力を発揮するが、屋内、しかも狭い洞窟の中で火を起こすことは、場合によっては自殺行為に等しい。使う可能性の低さと、目立つ色だからと、二つの理由から目印に残してきたが、このように役に立つとは。


 と、自分の判断を褒めたのも束の間。グレイは激しく後悔することになる。


「くそっ!」


 熱さに耐えきれなくなった男が、石を後ろに投げた。それは大きな放物線を描き、二回ほど地面にぶつかって音を立て、何かに引っかかって止まった。


 男は手袋を外し、手で仰ぎながら責め立てる。


「何させてるんだ! 手袋がなかったら火傷するところだった!」


「火傷させるつもりだったが、なんだその手袋は……」


「これは怪盗仕事に欠かせない万能手袋だ! たとえ火の中水の中盗みに入れるようにと作ったのに、これだけ燃えたらデビュー戦で引退だ!」


「ご愁傷さま、だ。火の中が駄目だとわかったから得るものはあったのでは」


「うるせぇ! でもその通り!」


 と、言い争いが続く間に、光が少しずつ大きくなっていた。しかし、大きな声を出し、立ち上がって、今にも掴みかかりかねない彼らは、その違和感に気がつかない。


「王都の怪盗サマもお里が知れているな。こうやって時間を無駄にできるほど悠長な仕事だったとは知らなかった」


「そっちこそ、普段はクールぶってるのになんかすっげー煽ってくるし、性格悪っ! って感じなんだが?」


 互いが互いに油を注いでいる間も、どんどんと後ろの火は大きくなっていく。


 そして、ぱちぱちと音を立て始めたとき、やっと異変に気がついた。


「なんか、音がするな」


「何かが、臭うな」


 静止して、感覚を研ぎ澄ませる。何かが折れるような音、不快感しかない異臭。


『火事だ! 逃げろ!』


 言い争っている間に、後ろの炎は背丈ほどにまで大きくなっていた。そこに何があって、何が燃えているのかはわからないが、洞窟での火事場泥棒を敢行するほど愚か者ではない。


 二人そろって、光源の石も拾わずに走り出す。緩やかな上り坂だったが、息が切れても足を止めることなく走り続けること五分。洞窟の外まで飛び出した。


「ふう。全力疾走は体に堪える。

 だけど、ここを埋めなきゃいけないな」


 息も絶え絶えの中、男が洞窟の入口まで戻る。洞窟内に高低差があったからか、それとも燃料がなくなったからか、火は入口から確認できることはなかった。それでも念を入れてか、入り口付近の天井に謎の棒を差し込みはじめた。


「何だそれは。どこから出した」


 呼吸を落ち着けたグレイも、作業を手伝おうと男の方へ向かう。男の刺している棒は、指ほどの太さで、長さは腕ほど。どこかに隠し持っていたのだろうか。


「これも怪盗仕事のための、万能棒! 今は天井に衝撃を与えて崩そうとしてるだけ」


「ただの棒だったか」


「今はね。

 と、ここだ。離れて!」


 男が万能棒を強く差し込むと、小さな石が洞窟の中に落ちた。次いで、砂や石がどんどんと落ちていく。最後に棒を引き抜くと、大きな岩が落ちてきて、入り口の八割が崩れて塞がれた。


「これで、ひとまずは問題なしだ。

 それじゃ、俺はもう少し龍の宝を探してくるよ。いつかまた、会う日まで」


 棒を手のひらでくるりと回し(当たるかと思ってグレイは半歩引いた)、男は雲の中へ消えていった。


 後に一人残されたグレイ。相変わらず視界は悪く、陽も傾き始め、心も体も疲れている。リュックサックから水筒を取り出して一息ついても、なかなか動き出せない。


「とても、疲れた。今日はここで寝るか」


 と、横になったそのとき。


「あれ、グレイ、こんなところで寝てたの?」


 聞き馴染み深い声が、雲の中から聞こえてきた。ゆっくりと半身を起こして確認すれば、やはり。


「ちょっとー? 私が一人で頑張ってる間寝てたとかじゃないよね?」


 両手に知らない荷物を抱えたアリサだった。

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