第5話 第1章-5

 午後の旅路も、ほとんど変わらない。


 変化を無理やりにでもあげるとすれば、相変わらずグレイが前に背負っているアリサのリュックサックが少しだけ軽くなったことくらい。ただ、箱の中身が減っただけなので嵩は変わらなければ、なぜか荷物自体の重みもほとんど変わりないので、まだまだ重たいものが入っていることが予想できた。もしこの中身がさっきのような挑戦的な品々で溢れていたら……。そんな予測もつかない恐ろしい事態は考えたくない、とグレイは頭を振る。


 その横で、アリサは歩きながら、ぶつぶつと誰にも聞き取れないような声で何かを呟いていた。


 内容は、『のボール』の改良について。耐久面ではなく、速さの改良を。つまり、この退屈な山登りを一刻も早く終わらせるための努力だった。


「今の状態、一歩で進む距離を基準とする。そこから改良するためには、一歩で進む距離を長くするか、足の回転を速めるか。

 足の回転を速めるのは簡単。駆け足に近い感じ、リズムよく動かすだけで、特にのボールに対する変更は加えなくてもいい。でも、駆け足でどこまでかわからない山道を登り続けるのは、無理!

 ということは、一歩で一歩分以上進むようにするしかない。歩幅をこれ以上広げて歩くのは不自然で疲れるし。あと使えそうな力としては、地面を蹴るときの無駄を省いて……」


 どうして普段はこんなにも考えられるのに、焦ると突拍子もない行動を起こしてしまうのか。アリサの個性という好意的な見方もできるが、さっきのようなあり得ない料理未満を食べさせようとすることを手放しに肯定できる人はいない。彼女も毎回反省はしているのだが……。


「あ、そうか!

 ちょっとちょっと、グレイ、こっちに来て! 新しいのができたから試してよ!」


 名案を思いついたアリサは、少し前に進んでいたグレイを呼びつけた。その声に気がつき、戻ってくるグレイに向かって、新しい球体を広げ、ぶつける。


「前のは割れていないが、え、あっ、ちょっと、止まれ!」


 新しい球体がグレイにぶつかった瞬間、グレイの体は加速した! まっすぐに、走るくらいの速さで。グレイがそのことに気がつき、アリサにぶつかるすんでのところで体の向きを右に変えたので、衝突事故は避けられた。が、今度は遠くへ小さくなっていく。


「新しい『のボール』は、何もしなくても体の正面方向へ進み続けるようになってる! さらに今まで通りに歩けば速度がもっと速くなる! でもこれって、登る要素ないよね。語呂的には、『すすーむ』? だとボール要素が。『のボール ファストオプション』とかでもかっこいいかも!」


 と、説明をしている間に、仕組みを自分で理解したグレイが戻ってきた。しかし、肝心なことを知らないので、アリサの前に円を描いている。その異様な光景を見て、やっと大切なことを伝え忘れていることに気がついたようで。


「これ、『ストップ』って言ったら止まるよ!」


「ストップ」


 ようやく、動きが止まる。誤反応を抑制するためと『止まれ』に反応しないようにしたら、最初にグレイが慌てた時点で止めることができなかった。


「ごめん。先に伝えることだった。

 一応、壁とかにぶつかる直前でも止まるけど、割れるからちょっとだけ衝撃があるかも。それと、動き出すときは、『スタート』で。それ以外の変えた表現とかには反応しないようにしてるけど、改良したかったらいつでも言ってね」


「わかった。でも頼むから説明をしてから行動してくれ。今日はいつにも増してそこからの失敗が多い。慣れない山だからかもしれないが、このような場所であるからこそいつも通りでいなければ、不測の事態に対応しきれない」


 いつもより厳しめな、グレイの注意。ここまでは見晴らしの良い、ただ登っているだけだったが、改良した速度ならば、日が暮れる前に雲の中に着くだろう。その先はどうなっているのか、何がおこるのかわからない。今のうちに気を引き締め直してもらいたいという彼なりの優しさでもあったりする。


「わかりました!」


 自分の頬を両手で一度叩いて、気持ちを入れ替えて。


「だが、早く着けるという改良はありがたい。アリサはさすがだな」


 その言葉ににやけそうになっても、落ち着いて。


 アリサもすぐに自分の分を用意し、快適で快速な午後の登山が再開した。






「なんだあれは。早すぎる」


 二人の動きを後ろから見ていた、白いマントの男。尾行がばれないように距離を取った結果、加速した理由も、会話内容も、全くわからない。わかるのは、このままではどんどん離されていくということだけだ。


「見失う前に追いかけなければ」


 望遠鏡をマントの裏地のポケットにしまい、走り出した。


 しかしその速度は、二人に到底及ばない。それどころか、


「マントが、風を受けて、全然、進まない!」


 この有様であった。

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