お題「カーテン」「自由」「魔法」

兎角@電子回遊魚

第1話

 風に靡くカーテンの隙間から差し込む陽光にしかし、私の心は晴れない。

 見上げた空は真っ白なタイル。起こそうにも動くことのない身体。繋がれた点滴から、得体の知れないナニカが私の中に流れ込んでくる。正直腕に針を刺されているだけで吐き気を催す。でも逃げられない。私にそんな自由は与えられていない。例えばそう、魔法でも使わない限り、一生この点滴に繋がれ、ただ枯れ死ぬのを待つだけなんだ。

 私が何をしたというのだろうか。前世の罪?前世を清算しているのか?過去を今が清算する。前世の記憶などないというのに。

 見舞いは久しく来ていない。両親は私のことなどすっかり忘れてしまったようだ。私のことを考えてくれるのは私自身のみ。なんと寂しい話か。そんな私自身、私のことを考えるのにも疲れてきた。

 魔法が実在するならば。自由になどなれなくて良い。強いて言うならば、生と言う名の地獄から、風を操り、靡くカーテンを纏って自由になりたい。それすら叶わない身体だということに、心底怒りが込み上げてくる。本当に、私が何をしたと言うのだろう。

 詮無き思考を妨げるかのごとく、轟、と風が哭いた。あぁ、窓から流れ込み、そして自由な大海原へと向かう風が、羨ましい。そう思いながら暫し風を肌で感じたところで、ふと誰かの気配に気付く。此処を訪れる人なんて居るはずもないというのに、一体誰が?

―――人とはなんと脆く、儚く、しかしてその命を尊いと説く。その命にどれほどの価値があるのか?

 声にならない声。まるで脳裏に直接囁きかけられるかのように、ソレは言った。

―――ままならぬその身、命の灯は長くない。それでいて何かを選択することすらできずにいると見るが、如何かな?

 あぁ、その通りだよ。私はもう長くない。誰にも看取られず、独りで逝くのだろう。それがなんだというんだ。

―――そう邪険にするでない。

 声は、私の心を読んでいるかのように続ける。

―――お主に、1つだけ魔法を授けよう。

 魔法を……授ける?

―――そうだ。1つだけ、願う魔法を授けよう。なぁに、礼には及ばぬ。ただの気紛れだからな。

 呵呵と声は笑う。

 魔法。そんなモノが実在するとするならば。私の願う魔法は。

―――その調子じゃ。さぁ、願え。選択しろ。

 カーテンが一際強く靡いた。声の主がまるで風を纏ったかのように、その存在を強く顕わす。

 少しで良い。ほんの少し、歩く力を。

 ほんの少しで良いんだ。古の魔法使いかのように、風を操り、私の身を纏う病院着のように漂白されたカーテンと一緒に、自由になりたい。

―――ふむ。願いはそれで良いのか?我の力ならばその身体、治すこともできるぞ。

 良いんだ。今更生きたところで、失った過去は戻らない。過去を失った私には今も未来もない。だから、もう、楽にさせてくれ。

―――……あいわかった。せめてもの土産だ、見届けてやろう。

 途端、言葉にできない感覚と共に、今までぴくりとも動かなかった身体が動くのを感じる。嗚呼、動く。動くんだ。

 解き放たれた身体はそのまま窓際に一直線。風に靡くカーテンを掴み、一瞬だけ振り返る。そこには誰もいない。けれど、誰かが見守ってくれている気がした。

 勢いよくカーテンを引っ張り、そして飛び出した。一瞬の停滞もなく、まるで風の渦に突っ込んだかのような感覚。嗚呼、これで自由になれる。漂白された人生に、色が燈る。

 紅い紅い、徒花を咲かせよう。

 誰かの、それはそう、母か父か、声が聞こえた気がする。遅いんだよ、本当に。




―――その花は実らない。ただ、紅を散らすだけ。

―――その日、1人の少女が亡くなった。

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