第17話 別れはあっという間に

 ジルビアは取り出した札のような紙切れを誇りでも払うかのようにシビルに向かって投げつける。札の上には魔法式が描かれていた。シビルは札の上の魔法式を睨むなり顔をしかめる。シビルが魔法使いでもない相手の使うものにこれほどまでに嫌な表情をするとは、ジルビアは一体何を放ったのだろう。


 俺がゆっくりとその光景を眺めていられるのも今のうちだった。シビルは先ほどまでの村娘の演技を途端にやめると、札に対して魔法式を描き出す。札はシビルの魔法式とぶつかると一時は相殺されたかに見えた。


 しかしその札から今度は新たな魔法式が次々に現れその手がシビルを襲った。札の魔法式を食らったシビルは突如腐ったものでも飲み込んだかのような顔色の悪さを浮かべる。言葉にならないような呻きを上げながら胸のあたりをぐっと抑え込む。


 手先、首、シビルの身体にはなにやら亀裂が入っているようにも見えそこからはどこか見覚えのあるような光が中から這い出ようとしていた。


 場の空気はまさに凍り付いていた。イーリスはその光景にあっけにとられ後ずさり、インゴのおっちゃんは腰を抜かしている。ましてや、訪問者三人までもが想定外といったように顔を引きつらせていた。


「おまえさん何をしたんだい? その魔法具はいったいなんだいね」


 ジルビアは一瞬言い淀んでからつっかえつっかえに言葉を返す。


「ま、魔法使いかどうかを暴ける札だと……」


「魔法使いでもないお前さんがどうしてそんなものを持っているんだい?」


「ユルゲンブルクで、詩人のお、女が……」


「詩人? ったくバカげたことをしてくれる」


 シビルはというと体中の亀裂はだんだんと押し込められていき、魔法式もその力を失って地面へと枯れ葉のように落ちていった。シビルの顔はひどく疲れ切った様子だった。


「おもし……ろい。根源式が、普通の魔法とは……」


 シビルはそう言いかけるとそのまま床へ突っ伏してしまう。俺はすぐそばまで急いで駆け寄った。幸い息はしている。ただお世辞にも言い寝顔とはいえない。見ているだけで痛々しいようなやつれた顔をしている。


 こんなになっても面白いという言葉が出てくるあたりやはりとんだ魔法馬鹿がいたものだ。


「イーリスや、シビルさんを寝かしておやり。……しかし根源式とはや厄介なものが出てきたものだねぇ。詩人……」


 リンダが顎に手を添えて考え込むと、ジルビアはその沈黙を割って出る。


「まあいいわ。想定とは違ったがしかしこれで彼女、シビルといったか? あやつが魔法使いであることは証明された。これより魔法規制法にに基づいて我々には認可なく魔法を使う彼女を拘束する権利ができたわけだ」


 ジルビアは悔いっと顎で指図すると先ほどから彼女の後ろにいた二人が忍び足でシビル、そして彼女をの身体を起こそうとするイーリスのそばへ歩み寄っていく。


「ちょ、ちょっとまったテメーら嬢ちゃんをとっ捕まえてどうすんだ?」


 とっさに割って入ったのはおっちゃん。何か言いたげな様子である。


「ふん、当然ユルゲンブルクへ連行するまでだ」


「じゃあ聞くがお前ら、北の山は何で越えてきた?」


「もちろん近衛兵団が保有する軍馬だ。そこらののろまな馬車馬と一緒にしてもらっては困るな。それがどうしたというのだ?」


「馬車もなしにどうやって人を乗せて超えるんだよ。考えてもみろ、あの傾斜どんな軍馬だって人二人載せたらもうへばっちまって使い物になりゃしないぜ」


「それで? 何か言いたげだな」


「そうよそうよ、言いたいのはそっからだ。あの山を馬に乗れない人間が超えるには普通は二頭立ての馬車で越えるのが妥当になる。歩いて超えられる山じゃねーしな。ところがどうだ、うちのブリュンヒルデなら三人乗せてさらに積み荷のおまけを乗せても一晩で越えられる」


「つまりお前が彼女を運ぶと? そういいたいのか?」


「話が早いじぇねーか、そういうことよ」


「愚かだな。その気になれば交代で運ぶなりいくらでも手はある。加えて法に反した人間の輸送は軍人以外、ユルゲンブルクの一級以上の輸送資格者にしか――」


「悪いことは言わねぇ。へぼい馬で無理してあの山超えようなんて思うな。最悪山犬に半分以上人も馬も食われちまう。この俺が言うんだ。少しは信用してもらえるか?」


 おっちゃんはそう言うと懐から何やら金の紋章らしきものを取り出して見せる。それを見たジルビアは目を丸くしてその紋章を見るなり小さく一つ舌打ちをした。


「貴殿の輸送義務、期日は三日だ。いいな? フランツ、引き上げの支持を隊に出せ。エマ、お前は残り違反人の輸送を監視しろ、いいな?」


 後ろの二人は威勢よくハイと答えると彼女らはエマと呼ばれた彼女を除き二人は早々に撤退してしまった。おっちゃんが何を見せたのかもわからず、おまけにブリュンヒルデとは誰のことなのか非常に気になるがひとまず一件落着ということか。


 落着も何もシビルはぶっ倒れたまま犯罪者扱いなのだが。


 さてさてあれからしばらく時は進み、ひとまずシビルは目を覚ましたのだった。おっちゃんが見送ったが何とか調査団は帰っていったようである。このエマという女を除いて。曰くジルビアやその他もろもろ悪い奴ではないので許してやってほしいだそうだ。


 加えて拘束と言うのは口述、ユルゲンブルクの皇帝とやらが情報共有をしたいだけだと。リンダは当然胡散臭そうにしていたが、シビルはというとそもそもユルゲンブルクに行く予定だったから構わないと。


 唯一変わったことは出発が早まったことくらいだった。そんなわけで翌朝。


「それではよろしくお願いいたしますね」


 エマはかしこまってそう言う。ここはと言えば村の北方の出口。シビルとイーリスが荷物をおっちゃんの馬車に積み終わり、おっちゃんはどうやら本業の次に来るときの麦の輸送量を村の農民たちと済ませ、リンダを中心に何人かが見送りに来たところである。


「おうよ。うちの馬車が先導するでいいんだな」


「はい」


「だとよ、頑張ろうぜブリュンヒルデ」


 ここでお披露目だ。ブリュンヒルデとは誰か、お分かりの通りあのとてもやる気のなさそうだったおっちゃんの馬車馬だ。御大層な名前だ。だが、今やそんな名前も不釣り合いというわけではない。


 なぜかといえば俺らが最初見たあの馬とは同じと思えないほど、今のブリュンヒルデは美しくなっていた。おっちゃん曰く腹を空かすと途端にやる気を無くすそうだ。今はやる気満々、恐ろしい変わり様だ。


「こいつはすげぇんだぜ。こんなちっけぇのにそこらの馬二匹以上の力があるしよ、な?」


 そういっておっちゃんはブリュンヒルデを撫でまわす。仲良くするのは勝手だが、全員待っているのは忘れないでいただきたいな。


 しかしこれでルードルフとお別れという実感がわかないな。順々におっちゃんの馬車に乗り込んで、おっちゃんがブリュンヒルデの手綱をとる。もう出発というその一歩手前でリンダがシビルのもとへやってきた。


「忘れるとこだったねぇ。お前さんにこれを渡しておこう」


 シビルは無言で首をかしげる。


「魔法の便せんさ。なぁに大したものじゃないがね、書いて日が沈む間際にカラスに渡すと相手に届けてくれる。婆様の残したものであたしにゃあ作り方は分からんから三組こっきりだよ。何かルードルフに用があったらよこすんだね」


「ありがとう。一通目には仕組みを解読して作り方を送るとするよ」


 シビルはそう言ってにやりと笑う。


「こりゃ参ったねぇ。引き止めて悪かったよ。さあおいき」


 おっちゃんは手綱を引くと、走り掛けにリンダに向かってまたなと一言。シビルとイーリス、おまけにエマも手を振る。ルードルフの村はだんだんと小さくなっていった。



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