第11話 火を消し火を付け焚きつける
オスヴィンの安堵の灯火が打ち払われてから両者は互いに睨み合っていた。俺は相変わらずシビルに首根っこをつまみ上げられて宙ぶらりんな状態、もう片方のシビルの手はリンダから拝借した杖でふさがっているから俺は完全にお荷物といったところだ。
安堵の灯火は消えたんだから早く俺などその辺に放り出して戦いに専念してほしいところなのだが、何故かシビルはそうしてくれない。と思っていたらシビルはおもむろに俺を懐にしまい込んだ。何考えてんだかはわからないがひとまずこれなら荷物にはならないか。
「そう睨まれてもこちらは困る。それとも何だ、今のはこけおどしだったか?」
沈黙に耐えかねたオスヴィンはシビルの動向に探りを入れる。あまり安い挑発を掛けて後悔しても俺は知らないぞ、と思ったがよく考えれば敵さんにはむしろ後悔してもらうくらいが丁度いいかもしれないな。
「どうだろうね?」
それに対してシビルは挑発にご厚意で乗ってやる、とでも言いたげな返答を投げつけた。魔法式のおまけ付きでな。あっという間に放たれた魔法式は、蛇のように地を這いオスヴィンの足元へと向かっていく。オスヴィンは自分の足元に迫る魔法式を相殺せんと自らも魔法式を放ちぶつけるが、シビルの魔法式は衝突点から二手に分かれオスヴィンの足元へと絡みついた。
オスヴィンは途端に顔をしかめる。
「
シビルはそう告げるとすぐさま悪魔の言葉を口にする。すると魔法式が描いた道筋をたどるようにして赤赤と燃える炎がオスヴィンに纏わりついた。鎖火は確か炎を制御する最も初歩的な魔法だったはず。まあ見ての通り争いなんかが起きなければ実用性は無いに近しい魔法である。
しかしこいつ実用性とは別の面で常識的な魔法なのだ。というのも魔女追放が一般になるより以前は東の大地から追放するのではなく鎖火で魔女を焼き払っていたという、まあなんとも血塗られた過去がこの魔法ある。そんなわけで俺ですら記憶しているほどには知名度のある魔法だった。
そんな歴史はあるが、歴史とはまあ当然昔のことであって現代に於いてはその魔法式はもはや知らぬものはいない。よって多少なりとも魔法が使える者がこれを防げないなどということはないはずだった。
鎖火の焦がした後には黒く煤だけが残っている。そこにオスヴィンの姿はない。ということはつまり今の一撃では相手は仕留められていないということだ。それは思った通り。
しかし、炎の前に放たれた魔法式をオスヴィンはて相殺できていない。もしやオスヴィンというこの男相当弱いんじゃないか、なんて俺は思ってしまうわけだな。
さてそのオスヴィン、攻撃をかわしたとしてではどちらに避けたかといえば
――上だった。
「なるほど。聞いている通り、形式通りの魔法は使わないか」
丁度酒場の向かいにある建物の屋根の上からやつは話していた。誰から聞いたのかこちらが聞きたいところではあるが、それよりも意外なのはオスヴィンの発言にシビル自信が驚いている事。
「そうなのかい? 初めて知ったよ。私はこの魔法が魔女に効くかもくらいにしか思っていなかったから」
オスヴィンが魔法式を防げなかったのはこいつの偏屈に依るところというわけか。なに、シビルのことだ。一般に広く知れ渡る魔法式などには興味を示さず、自分で改変した魔法だけ覚えていたのだろう。
だから記憶がなくなった今引き出してこれた魔法は通常の鎖火ではなかったと。いたってこいつらしいな。
記憶に関して言うと自分で手を加えた魔法の類は覚えているとということがわかったわけだ。自分が手を加えたという事実は無論覚えていないようだが。となるとこいつが一から組んだ魔法式は覚えているのだろうか。こいつの消えた記憶はどこまで及んでいるのだろうなどという疑問は時に任せて解決していこう。
なんて俺がシビルに感心だの疑問だのを抱いているとそろそろオスヴィンもそろそろ本腰を入れようかという具合で話し始める。
「いやはや鎖火ごときでこの威力、それに式の構成の効率化。やはり真正面から戦うのはやめておいたほうが良さそうだな」
「上からでも戦うかい?」
「面白くない冗談だ」
オスヴィンがそう言うと、どこからともなく声が聞こえてくる。
『そろそろ出てきていいのかしら?』
「遅いくらいだ。本当ならさっさと背後から襲っていればいいものを何をしていた。さあ早くこいつを捕らえろ。生きていればどんな状態でも構わん」
『はいはいわかりました。そもそもアタシはこんな乱暴ごとは好きじゃないんだけどね』
「使い魔がつべこべ言うな」
オスヴィンとその声は会話しているようだった。俺は何処からその声が聞こえるか首を回すもシビルの懐からでは視界も限られていた。
しかし不思議なことにシビルは周囲を見回すことも出来ように、一向に声を気にする気配がなく未だオスヴィンの方を向いている。
「いったいさっきから一人で何をぶつくさ言ってるんだい? 頭でもおかしくなったのかな」
シビルはオスヴィンに対し一人で話していると、たしかにそう言った。しかしオズヴィンは勿論のこと俺にもこの声は聞こえているようだ。
つまりシビルにはこの声が聞こえていない。加えると背後で酒場の扉を守るリンダもこの声を気にする素振りは見せていない。
そしてオスヴィンは声の主を使い魔と言った。仮にその言葉が本当だとするならば話の相手はやつの使い魔ということになる。しかしオスヴィンの使い魔はリンダの話によればもういないはずである。
俺がそう考えていたとき突如日が陰った。まるで後ろから何かが覆いかぶさって影に飲み込まれてしまったかのように。シビルも自分の周りが急に暗くなったことに気が付き上を、正確には後ろに振り返るようにして丁度リンダが塞ぐ酒場の扉の真上を見た。
シビルが振り向くことで俺もやっと声の主の姿が見えた。そこには確かに声の主がいたがそいつを説明するには俺の言葉がすぐには出てこなかった。
なぜかといえば俺はそんなものを今までに見たことが無かったからだ。確かにシビルと一緒に森にこもっていたから俺には見たこと無いものなんてたくさんある。
だがそいつは明らかに非常識だった。一つ一つの要素を上げれば、その毛並みは純白でいて、俺ら猫と似通った姿形をしていて、その尾は二つ。オマケに言えばそいつの体は人一人まるごと飲み込めるほど大きかった。
そしてもう一つ、俺を混乱させる要因がある。やつの臭いはイーリスのものと同じだった。なるほど確かにオスヴィンの使い魔はイーリスを助けるために犠牲になっており、そしてシビルはイーリスと初対面したとき人間と使い魔が混在していると。
『ハァーイ、あんた確かイーリスと話してた黒猫よね? 悪いけどアタシのご主人がその子を捕まえろって言ってるからそうさせてもらうわ』
その化け物は俺に向かってそう話しかけてきた。こいつがイーリスなのか? いやしかしそうだとしたらあまりに中身が違いすぎる。何者なんだこいつは。
「へぇ、一つの肉体に二つの魂を並立させてたのか。その上で複数肉体の形態までを魂と結びつけている。随分と面白いことをやってのけてるみたいだね」
随分と簡単に説明しているように聞こえてその実、仕組み周りのことが何も理解出来ていないがそれを知ろうにも俺の頭で理解できるとは思えない。気になるが気にしないしかないだろう。
「それはどうも。加えて教えといてやろう。それがわかるならわかるだろう? こいつを傷つければ当然イーリスも傷つくと」
なるほど、つまり真正面から戦わずないというのは攻撃できない相手と戦わせるということか。だとしたらこいつはシビルと魔法使いを侮りすぎだ。
なぜか、攻撃できないというのはシビルにまともな倫理観があった場合の話であって、俺はあってほしいと心底願っているがそれを保証するものは無いわけだ。
「だから何かな? 攻撃できないとでもいいたいのかい?」
「貴様がどう思おうと構わん。そこの老いぼれが死にものぐるいで貴様を止めるだろうからな」
さすがに相手もそこまで馬鹿では無かったか。むしろ二段階に攻撃させないその周到さ、厄介だ。
「なんだ。そのくらいで……」
ところがどうしたことか、シビルは興ざめだという具合にため息をついた。かと思うと、シビルは逃げ出した。さすがにその発言からのこの行動は驚かせて頂こう。
俺が一体全体どういうつもりなんだよ、狼狽えているとふと気がつく。もしかして透けてますかと。俺とシビル透けてる、いやもはや透明ですと。
無論オスヴィンは、盛大に驚いているようだった。
「逃げだと? 面白い。探せ」
『 ハイハイ』
すかさずそう言ったオスヴィンに従って、化物は酒場前の広場へと降り立つ。そして徐に辺りの匂いを嗅ぎ始めるのだった。これではいくら姿を変えても見つかってしまうでは無いか、俺はそう思ったがシビルはそれも想定内だったようだ。
シビルは広場の端の建物の裏からそっと顔を出し、手だけを可視化して何かを支持する。その相手はリンダだった。なになに、『 北に3つ進んだ道へ』よくそんな器用な手振りができるな。
リンダはすぐさま気づき、一瞬躊躇するもすぐにその場を離れる。酒場を守る人がいなくなってしまう訳だがそれを俺が気にするということはつまりシビルはもう対策済みなのだろう。
そんな訳で俺がシビルの健闘を祈っていると何やら不穏なことをシビルが言い出すのだった。
「さて、君には大役を任せようか」
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