第9話 手段は模索すべし

 ならば死んだというのは嘘かというと、そんなことはない。魔法使いにとって魔女に堕ちるということはもはや死と同然なのだ。これが比喩ならつまらない表現なんだが、実際のところ東の大地では本当に魔女に成り追放されることは死として扱われるらしい。おそらくこれはシビルも共通の認識さ。


 そんなわけで納得しなかったのは無論イーリス、まああんな話を急に言われたらそうなるのはわからなくもない。最後にはリンダに対してばあちゃんの嘘つきと、言い残して部屋を去ってしまった。部屋から出ようとするとき部屋の真ん中でゆらゆら揺れてた、ろうそくの光が背中を追うように背中ばかりを照らしていたが、そんなんでイーリスの顔は明るくならないままだったな。


 残されたシビルなわけだがこいつはまだリンダにご用件がある。なにも夜遅くに腹が減ったなんてことはあるはずもなく、その実聞きたいのはあの魔女――オスヴィンといったか――がシビルを何故かリーゼルと呼びそして探しているということだ。だろう?


 シビルが話を切り出すタイミングを見つけられずにおろおろしていると、リンダが大きくため息をついてから未だそこに立つシビルをちらりと見る。


「お前さん、まだなにか聞きたいことがありそうだね」


「ばれちゃったかな。じゃあ聞かせてもらうよ。あの魔女は私をリーゼルと呼び探しているみたいだけど何か心当たりはないかい?」


「やっぱりそれかい。残念だけど、全くないねぇ。そもそもあたしだってあの馬鹿と会ったのは一八年ぶりくらいだ。リーゼルの望石を探すお前さんに帰ってきたオスヴィン、何か関係があるのはさすがにあたしにもわかるがねぇ」


「その真意はあの魔女だけが知ってる……ってことかな」


「有り難いことにあいつは明日の朝わざわざ何かをしでかしてくれるみたいだ。ひっ捕らえて洗いざらい吐かせてやるかね」


「なにか手はあるのかい?」


「手も何も、オスヴィンはさっきも言ったがもともと魔法使いとして生まれたわけじゃないからねぇ。本来ならそんな大それたことをできるはずもないってところだ」


「魔法使いの力は親から子に継承されるって話か……」


 そうか、そういうのも知識だけが頭の中にあるから実際のところを知らないのだな。いや、待てよ。ということはシビルの魔法の力から言ってこいつの親も相当な魔法使いか、あるいは魔法使いの伝統ある家系ってことにならないだろうか。しかし実のところ俺は東の大地のあの森でこいつの親に会った記憶は無い。


 これが一体どういうことなのか、俺はシビルについて会ってからのことはおそらく誰よりも詳しいがそれ以前のことについてはよく知らないのでわかりかねる。シビルがそのうち記憶を取り戻せたら聞きたいところだ。いや、ひょっとしたらあのオスヴィンとやら、そいつがわかるかもしれない。


 なぜかと言えば俺にはあんな男見た記憶もないのだが、いやはや何故シビルのことを知っているようで、その理由にシビルと過去に会ったことがあるか、あるいは誰かから聞いたのかもしれないなんて予測があるからだ。


 リンダの話に戻ろう。


「その通りさ。魔法使いの力ってのは魔法の源たる悪魔との繋がりの深さだからねぇ。その悪魔との繋がりの深さは魔法を使えば使うほど大きくなり、またそれは親から子に継承されていく。自分の力を超えた魔法はその悪魔とのつながりを急速に深め使い手はそのまま飲み込まれちまう。だからオスヴィンのやつが使える魔法は理論上、たかが知れてるってわけだ」


 その魔法使いの何たるかという話を理解するのに俺の小さなおつむでは足りるわけもなくリンダにバレぬようそっと壁に絵を描いて自分なりに納得するのだ。爪とぎの要領でな。見つかりませんように。


「でもあの魔女の魔法、特に転移だなんて相当に高度な魔法に見えたけど」


「そう、問題はそこだね。オスヴィンのやつはどうやっているかは知らないが明らかに十数年でどうこうできないような魔法を使っていた。つまり、手も何もあいつの力は未知数、打てる手は朝までやつに動きが無いか待っていることくらいしかできないってことさ」


 そう言ってリンダはフッと自慢気に笑うのだった。何も自慢できるようなことは言っていないと思うが。やはり魔法使いというのは回りくどい話が好きな生き物だなと俺にはつくづく思えてしまう。


 結局の所は相手の動きが読めないからただ警戒することしかできないという話だろう。なら最初からそう言えばいいものを面白いことに二人とも息ピッタリで結論までの回り道を選んでいくんだもんな。別に力のある魔法使いが二人もいて魔女一人ごときに負けるとは思えないから、心配はしていないのだが。


 さてそうと決まれば早い話が徹夜というわけなのだが、夜が明けるまではまだ幾分か時間がある。


「あたしは村のほうを見張るとするかねぇ。村人に手を出されちゃたまったもんじゃない。お前さんは家で自分の身を守ってるんだよ。ついでにイーリスも気にかけてやってくれると嬉しいね」


 リンダはそう言うと玄関の薄暗がりへと歩く。壁に掛かったマントを羽織ると彼女の姿はたちまち婆さんの姿に変わるのだった。何でもこの格好の方が村人からしたらしっくり来ると思っているらしい。確かに長生きしていたら普通はこう老けるだろうからな。よく考えりゃ延命魔法の本が禁書などと言っていたがそれは魔女云々的に大丈夫なのだろうか。はてさて。


 そして溶けかかったろうそくと一緒に部屋に残されたのは俺とシビルのみとなった。さてここで質問だ。俺は先程まで何をしていただろうか。答えは壁に楽しい楽しいお絵かきをしていた。


 今シビルは俺の方を真っ直ぐ見ている。ついでに言えば俺の手の添えられた壁の方も見ている。そして俺が何かをしていたのに気づいたシビルはスタスタとこちらに歩み寄りそして屈み込んだ。これは俺にとっては恐怖、何を言われるのか予測が全くつかないのが恐怖そのものだ。


 シビルは俺の顔をまじまじと見る。


「これは君がやったのかい?」


 と聞かれましても俺には答える手段がございませんでしてね。俺にできることと言えば……、人間のやる身振り手振りというやつをやってみるか。もしやそれなら返事ができるかもしれない。俺はシビルの質問に首を縦に振ってみる。


「なるほど興味深いね」


 シビルは俺の描いた人からしたら絵ともつかないであろう傷跡とにらめっこをしている。現状を整理しよう。これはもしやこうして身振り手振りというやつを使えばシビルと意思疎通を図れるのでは無いだろうか。シビルから問われたときの一方通行でのみだがな。


「君がもし私が失った記憶で知っていることがあるんだったら教えてくれないかな? そうだな、文字で」


 その手があったか。たとえ話せなくとも文字なら俺の言葉が伝わる。……なんて思い上がった瞬間が一瞬はあった。だが実際壁に手をおいてから気がついたのだ。俺は文字を知らない。手をおいたまま動きは止まり、俺はどうすればいいですかとただシビルの方を見るしかなくなってしまう。


「なるほど文字はわからないと。難しいな。君と話が出来ないのも何か理由があるのかな」


 そう言ってシビルは俺にほほえみかけると頭をなでてきやがるのだった。やめやがれ、改まって気色悪い。それにあれだ、なんというか、照れる。ああもうどっちが気色悪いかわからなくなってきた。


 ひとまず文字は無理と。最低限シビルに聞かれたことにはいいいえで答えるくらいはできるとわかっただけでも大収穫だ。


 シビルはさてとと一言つぶやいてから立ち上がる。それからこう続けた。


「実のところをいうと私はすっごく眠い」


 なるほど随分と突拍子もない発言だな。まあずっと引きこもってた人間がここ数日動き回って今日も村中歩き回ったのだから仕方がない。しかしでは先程のリンダと交わした自分とイーリスを守るって話はどうするつもりなのだろうか一体。


「だから寝ようと思うんだけど」


 それをお前は本気で言っているのかと問うてやりたいな。だが生憎会話は一方通行。仮にお前が寝ようと言うのなら俺ははっ倒してやりたいね。あまりに現状ってものがわかっていなさすぎる。はっ倒して寝るのに近づけてやるのが優しすぎるくらいだ。


「さすがに何もしないのはあれだから簡単な障壁魔法を張ろうかなと思ってる」


 良かった一安心だ。


「ってなわけだから、手伝ってくれるかな」


 俺はその一言に唐突に感激してしまった。随分と久しぶりに使い魔らしいことをする気がする。


 そんで実際したことと言えば言われた通りのところに爪で言われた通りの魔法式を描く。たったそれだけだが、東の大地でやっていたことと同じことでありそれだけで俺はとても楽しかった。詳細な過程は俺も理解できていないので割愛。


 出来上がった魔法式は圧巻であった。何故かといえば簡単な話であって、俺達が描いた魔法式はリンダの家中に広がっているからだった。それはつまり――リンダの家を傷だらけだということを意味する。


 どうするんだよこれ、そんな風に思っている俺の横でシビルが魔法を起動させる、まあつまりは悪魔の言葉で魔法式に力を流し込んで障壁魔法は完成したとさ。もう一渡言う。どうするんだよこれ。

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