ふたつの心②

 ヤンはひとりベッドの中で考えていた。今日も諍いをした。このところほとんど毎日つまらないことで言い争いになる。一体ジュールはどうしてしまったのだろう。


 ジュールの憂鬱な顔は冬の空のごとく決して晴れない。もう無理して笑ってみせることすらしなくなった。口を開けば出て来るのはとげのある言葉ばかりだ。売り言葉に買い言葉でついやり込めると、ジュールは襟足の髪を指にぐるぐる巻きつけながら黙りこくってしまう。苛々した時の変な癖だ。彼は機嫌が悪くなるといつもこれをやる。


 以前ほど他の住人ともつき合わなくなった。ジュールがあからさまに不愉快な顔をするからだ。学生を嫌っていることを隠そうともしない。一度そんな露骨な態度をとるなと言ったら、また髪を指に絡ませながらむっつりと黙り込んでしまった。そうやって彼はすぐ沈黙の中に逃げ込んでしまう。


 このままではいけない。このまま放っておいたら、二人はどんどんすれ違っていくだけだ。一度ちゃんと話をしなければ。ほころびがこれ以上大きくなる前に繕わなければ……。


 そんなことを考えながらうつらうつらしていると、ジュールが自分のベッドを起き出してそっと近づいて来る気配がする。シーツの中へ手が伸びて来る。


「……やめろよ」


 ヤンが寝返りを打っても彼の手はヤンを求めて追いかけてくる。


「やめないよ。ヤンが仲直りしてくれるまでやめない」

 

 そうやって機嫌を取るように口づけする。低い声で囁き誘惑してくる。諍いをした後はいつもこれだ。ジュールはいつもこうやってごまかそうとする。


「やめろったら……」


 つまらない色仕掛けだとは分かっていても、結局ヤンは言葉とは裏腹にジュールを抱き寄せてしまう。その口づけに屈してしまう。こうなるともうジュールの思うつぼだ。


 こんなのは仲直りでもない。愛し合っているのでも無論ない。ただの慰みだ。ジュールだってそれを分かっているはずなのに、結局いつも同じことの繰り返しだ。


 ようやく安心して眠りに落ちる彼の肩を抱きながら、ヤンは何とも言えない虚しい気分になる。


                  ✽


 アパートの階段を上りながらジュールは考えた。今日は絶対に喧嘩はしない。笑顔で話をするんだ。

 なにしろポケットの中には給料がある。今月は百七十フランも貰った。取り立ての男は明日にでも来るだろうから、百五十フランは返済にとっておいて、あとの二十フランはやっとヤンに渡せる。家賃というには少なすぎる額だが、居候という不名誉な肩書を早く返上したい。


 ドアの前で笑い顔を作ってからジュールはそっとドアを開けた。


「ただいま……遅くなってごめん……」


 しかしそんな思惑は、ヤンの顔を見た途端に吹っ飛んでしまった。ジュールを待ち受けていたのは、怖い顔で長椅子から振り返ったヤンの鋭い視線だった。

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