出会い③
ジュールはギヨームが怖気づくほど妖艶だった。服を脱ぎ捨てるとギヨームに向かって微笑んだ。何でもするよ、お客さんのしたいこと何でもするから。
裸になったジュールの妖しいまでの美しさにギヨームは息を呑んだ。その華奢な体はギヨームに絡みつく蔓のようだった。さっきまでキュッと結んでいた唇はぷっくりと熱を帯びて柔らかい。その唇からこぼれ出る悩ましい吐息も、淡い栗色の柔らかい髪も、少女のように滑らかな肌も、ギヨームを惑わせるには充分だった。
それでいて彼はどこか自分の体をぞんざいに扱っているようにも見えた。半分酔っているような彼の目は一方で覚めきっているように感じた。
艶めかしいジュールの色香に夢中になりながら、ギヨームはその底に冷たい石のような心がある気がしていた。
「お客さんは優しいんだね」
ベッドにうつ伏せになったままジュールが言った。
「優しい?」
「うん、優しいよ。もっと好きにしてもいいのに。遠慮してるの? 僕平気だよ」
「遠慮などしていないよ。満足だ」
ギヨームは微笑んで言った。
「そう、じゃいいけど」
「他の客は遠慮がないのか?」
ギヨームの言葉にジュールは思わず失笑した。
ここの客は確かに表向きは品の良い紳士や気取った軍人たちだ。でもベッドの中では違う。部屋に入った途端、動物のように本性を現す。どんな立派な衣装を着ていようが、ひと皮むけば人間の欲望なんてみな同じだ。ジュールは心のうちで客を蔑んでいた。そして彼らの言いなりになる自分のことはもっと蔑んでいた。
「君がよく稼ぐのは知っているが、あまり無茶をするものじゃないよ。少しは客を選んだらどうだい」
穏やかな声でそう言ったギヨームに、ジュールは冷ややかなまなざしを向けた。ひとのことを買っておいて何を言ってるんだ。同情しているつもりなのか。親身になっているふりをして気を引こうとしているのか。笑わせる。
ジュールは目を逸らすと枕を抱き、フンと鼻を鳴らした。
「ありがとう。でもそれは余計なお世話だよ。残念ながら僕にはお客を選ぶ権利はないんでね」
さっきまでの柔らかい声とは打って変わって、その声にはとげがあった。
ギヨームは可笑しそうに笑った。
「そうか、それは気の毒だな。一番の売れっ子なら客ぐらい選ばせてもらってもよさそうなものだが。いったい私の言えた義理じゃないな。光栄にもお相手をしてもらっておいてこんなことを言っては、営業妨害だとルネに叱られてしまうね」
今度は笑っている。所詮お前は歓楽街の男娼だと馬鹿にしているのだ。ジュールは苛立った。
ギヨームはジュールをチラリと見て笑うのをやめた。
「気を悪くしたら失礼。ただ、ちょっと気になったものでね」
「なにが?」
枕の端を握りしめているジュールを横目で見ながらギヨームは言った。
「……君は、怖いんじゃないのか」
「え?」
「君がね、本当は客を怖がっているんじゃないかと、そう思ったんだ」
正面から矢を射られたような心地がした。何と答えればいいか分からない。
ギヨームは続けてこう言った。
「野良猫のような目をしてるからね、君は」
「野良猫?」
思いがけない言葉にジュールはクッと吹き出した。
「面白いこと言うね、お客さん。僕はルネの飼い猫だって、みんなそう言ってるよ」
「果たしてそうかな」
ギヨームは首を傾げた。
「私には君が無理やり飼われている野良猫に見えるよ。近づかば爪を立てん。そんな目だ。本当はこの暮らしに慣れることができないんだろう」
ジュールは笑えなくなった。どうしてこの人には何もかも見透かされてしまうのだろう。黙り込んでしまったジュールを見て、ギヨームは小さく笑った。
「フフ、悪かった。これも余計なお世話だったね」
ギヨームはベッドから起き上がり、手を伸ばして床に脱ぎ捨てた下着を拾った。
「余計なお世話ついでに、アブサンを飲むのはもうよしなさい。あれは君にはよくない。体を壊すよ」
そう言ってギヨームは振り返った。ギヨームの目は静かに微笑んでいた。その目尻の皺を見て、誰かの目に似ているとジュールは思った。むかし、むかし、遠い昔に知っていた人の目を思い出した。
父さんの目だ──。
ジュールは古ぼけた天蓋を見上げた。父の顔が浮かんできて、ふいに胸が苦しくなった。
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