出会い②

 十二月も中旬になると世間も忙しくなるのか、ルネの店の客足も少し減った。少年たちは暇に飽かせてサロンのテーブルでカード遊びをした。たまに気まぐれにルネが混じることもあった。ルネが入るとおのずと緊張感が漂った。


 少年たちのルネに対する態度は二つしかない。委縮してかしこまるか、図々しく甘えるか。

 エドガーなどは後者の最たるもので、ルネに取り入るのがとても上手い。それでいてお前は稼ぎが足りないと叱られている。少しはジュールを見習えと小言を貰っている。そんなとき他の少年たちの視線は自然とジュールに注がれる。


 みんなが陰で自分のことを何て呼んでいるかジュールは知っている。ルネのシュシュ。ルネのお気に入り。あいつはルネのペットだ。

 そこには少しの嫉妬と多くの侮蔑が含まれている。あいつはどんな客とでも寝る。何でもする。誰にでも色目を使う。ひとの客だって涼しい顔で盗ってしまう。客から高い金を取っておいて全部ルネに巻き上げられるんだから世話はないよ。

 でもジュールは悪口など意に介さなかった。周りから何と言われようがそんなこと全てどうでもいい。ルネにとって自分はただの商品だ。気に入られようが入られまいが、エドガーと何ら変わりはない。金を稼ぐための道具に過ぎないのだから。


 

 その日も少年たちはカードに興じていた。ジュールは見るともなしににエドガーのカードを後ろから覗いていた。


 サロンに一人の客が入ってきた。四十代半ばぐらいに見えるその客はやや上背があり、仕立てのよいコートに身を包み、手入れの行き届いた口ひげを蓄えている。


「先生、ご無沙汰で。お元気でいらっしゃいますか」

 支配人がすかさず声をかける。

「まったくご無沙汰で。半年ほど忙しかったものでね」

 客はにこやかに答えた。

「今日は少々閑古鳥が鳴いておりまして……」

 支配人はバツが悪そうにサロンを見渡す。

「おやおや、ルネまでお茶っきとは」

 サロンの奥のテーブルで少年たちに囲まれているルネを見て、客はフフフと笑った。

「どれ、じゃ私も仲間入りしようかな」


 支配人にコートと山高帽を預けるとテーブルの方へ向かった。


 ふとエドガーの後ろに立っている少年が目に入った。きれいな横顔だ。この子は見たことがない。新入りだろうか。そう思いながら近づくと、ふいにその少年が振り向いてこちらを見た。


 ──野良猫のような目だな。


 客は思った。威嚇するような、それでいてひどく怯えているような、それ以上近づくなと言わんばかりの目だ。ただその目つきは一瞬のことで、少年は穏やかに会釈すると視線を外した。


「やあ、先生、生きていたのかね!」

 ルネが大袈裟な口調で笑いながら立ち上がった。

「これはご挨拶ですね。元気ですよ。どれ、私も一ゲームお付き合いしようかな」


 客は椅子を引っ張って来ると、エドガーの隣に腰を下ろした。

 首の後ろに野良猫の視線を感じる。客はその少年に振り返り、声をかけた。


「君には会ったことがないね」

「その子はジュールだよ」

 ルネが大きな声で言う。ウチの稼ぎ頭だ。ジュール、先生にご挨拶しないか。


「はじめまして」


 少年は柔らかく微笑んだ。うっとりするような可愛らしい笑みだ。しかしその瞳の奥の光は、やはり野良猫の目だった。


「ギヨームだ」


 客はにっこりと頷いた。ジュールは目を伏せるとテーブルに置いたグラスに手を伸ばした。


 一ゲーム終わったらこの子と二人きりになってみたいな。ギヨームの好奇心がくすぐられた。しかしすぐに別の客が来て、ジュールは二階へと連れて行かれ、その後は戻って来なかった。


                  ✽


 次の週もギヨームはルネの店へ足を運んだ。ジュールが気になっていた。


 ──ジュール? あいつはピガール辺りじゃ評判の乗合だよ。節操がないんだ。


 こないだ相手をした少年が言っていた。仲間にさえこの言われようとはひどいなとギヨームは笑ったが、そのせいで余計に心に残っていた。


 サロンを見回すとバーカウンターにジュールがいた。この間のように薄紅色のシャツの上に黒いカーディガンを羽織って頬杖をついている。ギヨームはジュールに近づいた。


「今日は予約は入っていないのかい?」

 ジュールは不思議そうな目でギヨームをチラリと見上げた。

「君は予約が必要だとルネが言っていたからね」

 ジュールはかすかに笑った。

「すっぽかされたみたいです」

 そう言って肩をすくめた。

「一時間待ってるんだけど来ないんだ」


 この子の声は柔らかいな、とギヨームは思った。少し低くて柔らかい、耳に心地よく響く声だ。


「それじゃあ予約は無効だな」

 ギヨームが言った。今から私が予約しよう。

「お客さんが?」


 ほら、また野良猫の目だ。ギヨームはその陰のあるヘーゼルの瞳を興味深く見つめた。


「……いいよ」


 ジュールがアブサンを飲み干すのを待って、二人は二階へ上った。

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