秘めごと①

 ヤンはそれから三日にあげずジュールの寝室に忍び込んだ。夜、足音を立てないようにこっそりと部屋を出て行き、森番の小屋へ向かった。ジュールと愛し合うと一緒に眠った。明け方、背中に絡みついているジュールの手をそっとほどくと、ヤンはまた自分の部屋へ戻った。そして何事もなかったかのように皆にお早うと声をかけた。


 ジュールは目に見えて明るくなった。何かいいことでもあったのか、とジャンが話しかけるのを笑ってごまかしながら、ジュールは頬張ったパンをスープで流し込む。なんだか最近はやたらと腹が減る。育ち盛りだからなお前は、と言ってジャンは笑うが、それだけが理由ではない。自分が生き返ったように感じるからだ。恋の成就はこんなにも人を有頂天にさせてしまう。毎日が喜びに満ちている。


 あの夜から全てが変わった。あれからヤンはほとんど毎晩泊まりに来る。もつれ合うようにベッドに倒れ込むとジュールは激しく彼を求めた。自分の中にこんな動物のような欲求が眠っていたとは今までまるで気づかなかった。彼の明るい茶色の目が自分を見つめると体じゅうが熱くなる。日灼けしたしなやかなその体の中に溶けてしまいたくなる。こんなにも自分をあらわにできるとは思いもよらなかった。誰かに愛されることはこんなにも幸福なものだったのだ。ヤンが全て解放してくれる。恐怖におののく気持ちを彼が取り払ってくれる。この人でなければいけない。この人が唯一僕を幸せにしてくれる人なのだ。ジュールはヤンの腕の中で幸福の味を噛みしめた。その胸の中で何度も涙を滲ませた。彼なしにはもう眠れない。


 隣に横たわって静かな寝息を立てるジュールの髪を撫でながら、ヤンはその額にそっと唇をつけた。まるで赤ん坊のような無防備な寝顔だ。ヤンを信頼しきって、全てをあずけるジュールの瞳が蘇る。そしてその目に灯る、抵抗しがたい妖艶な光も。

 愛し合っている時のジュールには十五歳とは思えないほどの色香がある。その目に見つめられるとまるで征服されているような気持ちになってしまう。


 ──僕にもっと手の跡をつけて。この体を君のしるしでいっぱいにして……。

 そう訴える切ない声も、甘くかすれた吐息も、ほっそりとした背中も腰も、彼の全てがヤンを虜にしてしまう。体全体で愛情をぶつけてくるジュールに、ヤンはどうしようもなく惹かれていく。夜を重ねるごとにどんどん彼が愛おしくなる。

 ヤンは今までごまかそうとしていた自分を恥じた。後悔などしていない。こうなったのは必然だった。もう人を好きになるのはよそうと決めていたのに、ジュールはそんなヤンの心の隙間にいとも簡単にするりと入り込んでしまった。


 何も思い出さなくていい。君がそばにいればそれでいい。

 夜が明け始めているのが恨めしかった。このままずっとこうしていたい。時が止まってくれればいいのにとヤンは思った。


                  ✽

 

 朝食の席でフレデリックが言った。

「お父さん、今日の出張ですが、僕の代わりにヤンを同行させてもらえませんか」

「どうした」

 ベルナールが尋ねる。

「イギリスから便りが来て、急ぎでカタログの内容を変更したいとのことで。二、三日中にまとめなければいけません」

「そうか。それはしようがないな。ヤン、私は今日の昼からリモージュに発つ。三日間私に同行してもらえるかね」

 ヤンはたじろいだ。

「今日から、ですか」

 フレデリックが皮肉な口調で言った。 

「お前は特に忙しくもないのだろう。たまには父さんの手伝いぐらいしてくれ」

 ヤンは閉口した。

「急で悪いが大したことはない。私の荷物持ちぐらいだと思ってくれればいい」

「……分かりました」



 馬車に乗って発つベルナールとヤンを見送り、フレデリックは満足の笑みを浮かべた。ちょっとお前の恋人を借りるよ。お前がいると話をする機会すらないもんでね。


 フレデリックは自分の部屋へ戻ると、窓際へ寄りオペラグラスを手に取った。


 ヤンが夜中に部屋を抜け出しては森番の小屋へ向かうのをもう何度も見ていた。夜這いとは下品な真似をするものだ。せっかく釘を刺してやったのに、間違いを犯す前に警鐘を鳴らしてやったのに、結局こうなったか。愚かな奴め。僕はお前のように手を汚したりするのは嫌いだ。触れてはいけない。触れてはけがれてしまう。もっともお前がもう穢してしまった後だが。


 フレデリックは手を後ろに組み、森番の小屋へ向かった。

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