ジュールの話②
ちょうど一年前、僕が十四歳になってすぐの頃、父さんは仕事中の事故で亡くなった。農家の大工仕事を手伝っていて屋根から足をすべらせて落ちたんだ。村の人が知らせに来た時、僕はすぐに信じることができなかった。荷馬車に乗せられて運ばれてきた父さんの体はまだ温かくって、診療所の先生が首を振ってもやっぱり信じることができなかった。
その夜、僕は一晩中父さんを見守った。眠っている父さんの周りにはろうそくが灯って、金色の髪の毛を照らしていた。僕はろうそくが消えないようにずっと見張っていた。たまにアランのお母さんや村の人が来て交代しようと言ったけど、僕は首を振った。だって、いつ父さんが目を覚ますか分からないと思ったから。
村の人の誰かが父さんを覗き込んで、きれいな顔をしてるね、と言った。実際父さんの顔には傷ひとつなくて、本当に眠っているみたいだったんだ。ふいに目を開けて、冗談だよ、なんて笑いながら起き上がるんじゃないかと期待して、僕はずっと待っていた。でも、父さんは目を覚まさなかった。
父さんはお母さんのお墓の隣に埋められた。どんどん土をかけられていく棺を僕はどこか本当じゃないと思いながら見ていた。僕たちは寄り添うように二人で生きてきたんだ。こんな風に突然引き離されるはずがないと。村の人たちが次々に肩を抱いて慰めてくれたけど、それさえも他人事のように思えた。僕は全く、本当に全く夢を見ているような気持ちだった。
そして目が覚めた時はもう全てが終わった後だった。僕はぼんやりと墓標を見つめていた。そばにはアランが立っていて、心配そうに僕を眺めていた。一人にして欲しいって言ったら、アランは黙って引き返して行った。
僕は一人で家に帰った。
家の中はいつもと少しも変わらない。壁に掛かった父さんの上着も、帽子も、父さんの使っていたカミソリも、ひびの入った鏡も、ベッドの横の聖書も、何もかもが主人の帰りを待っているみたいに見えた。
静まり返った部屋の中で、僕は父さんがいつも座っていた椅子に腰かけてみた。テーブルの上にはパイプが置いてあった。お母さんに貰ったと言って父さんがとても大切にしていたパイプだった。
僕はそれを手に取って、棺の中に入れてあげればよかったと後悔した。そしたら、急にはっきりと分かったんだ。本当に父さんは死んだんだって。
僕はパイプを握りしめたまま、テーブルに突っ伏して泣いた。それまで涙ひとつこぼさなかったのに、このときになって初めて大声で泣いた。
父さんが言っていたことを思い出していた。本当に悲しい時に流す涙というのがどういうものか、このとき初めて分かった気がした。お母さんを亡くした時、父さんもきっとこんな涙を流したに違いない。そんなことを思いながら、時がたつのも忘れて泣いていた。
その日僕は父さんのベッドで眠った。シーツにはまだ父さんの匂いが残っていて、僕はシーツを涙でぐしょぐしょにしながら寝た。
次の日アランが来た。僕の手を取って、喪が明けたらうちで暮らさないかって言った。僕の家は村のはずれで離れてるし、十四の子が一人暮らしなんて心許ないだろうから一緒に住まわせようって、ディディエさんがそう言ってくれたんだ。
僕は急に救われた気持ちになった。おじさんの優しさに心から感謝した。父さんと一緒に住んだ家を離れるのは淋しかったけど、僕はディディエさんの家に世話になることに決めた。思い出が染みついているこの家に一人でいることの方が辛かったから。それに幼馴染の家族と暮らせると思うととても安心だったから。
アランのお姉さんはもう結婚して町で暮らしていたから、僕はお姉さんの部屋で寝起きすることになった。大きなベッドがあって、僕には広すぎるぐらいだった。おまけに隣はアランの部屋だ。アランは本当は同じ部屋で寝たかったらしいけど、おじさんがそれじゃお前たちはいつまでもお喋りして寝ないから駄目だと言って笑った。
それから僕はディディエさんの家から一人で放牧に出るようになった。山羊番の仕事にはもう慣れていたし、早く一人前の働き手になりたかった。これからは父さんの代わりにディディエさんの家を手伝うのは自分だ。そう思って働くことが悲しさを紛らわす一番の方法でもあった。牧場で一人になるとこっそり泣いたりしたけど、人の前では決して涙を見せないと決めた。
アランは小学校を出た後も、隣りの町にある別の学校に通っていた。帰って来ると必ずどんな勉強をしてるか見せてくれた。これは僕の楽しみな時間だった。夕食の後アランの部屋に行って、二人で机に並んで座るんだ。小学校の時みたいに、アランは色んなことを僕に教えてくれたよ。
そうしているうちに放牧の季節も終わった。天気の悪い時期は小屋の中で山羊を飼うから、干し草を運んだり小屋を掃除したり、ほかの家畜の世話をしたりして、僕は一日中ディディエさんのそばで仕事をした。
四人での生活は賑やかで、まるで家族ができたみたいで、父さんを失った悲しみを和らげてくれた。
そうだ、僕は幸せな日々を送っていたんだ。
──あの十二月の最初の木曜日が来るまでは。
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