第2話

 十二歳の彼が学校に通わないという決断を下すのには、長い道程が必要だった。


 昼休み、多くのクラスメイトが友達との談笑や校庭で遊戯に夢中になっている間、彼は教室の座席に座って過ごした。他のクラスメイトの賑やかな声が響きわたるなか、一人で何をするでもなくただ佇んでいた。

 しかし、その佇まいとは裏腹に彼の心はもやもやと不安でいっぱいだった。友達のいない彼にとって、休憩時間は緊張と苦痛の時間だった。吃音という人と違う特徴は彼の存在を目立たせ、障害のことを自分でもうまく説明できないこともあり、“変な奴”という評判が立った。クラスメイト達は彼の話す様子が独特なことから興味を持ち、彼の挙動の逐一を眺め、不審なところがないか探すようになった。そして、彼のおかしな点を認めると、それが必ず嘲笑の的になった。そんな経緯があって、彼は自分の行動の逐一が監視されているように感じるようなり、誰かに見られているという恐さから彼は自分の望みで動くことができなくなった。


 彼としてはこれ以上変な評判を上げたくなく、目立つ行動は極力避けたいと考えていたにもかかわらず、クラスメイトから離れた席で俯いている彼は、ある意味目立っているといえた。他の子どもたちは教室を走り回ったり、笑い声をあげたり、何人かの友達と休憩時間を過ごしていた。転校当初は彼も校庭で同級生と駆け回っていたのだが、ある日を境に彼が声をかけても返事をしなくなり、彼が立っていてもぶつかって走ってくるようになった。クラスメイトたちが彼の存在を無視するようになったことで、彼はクラスの集団から距離を置くしなかった。

 

 存在をいつも無視されるということは、言い換えると存在をいつも意識されているといえる。彼は皮肉にも全員から無視されるという形で、絶えず注目を集め、人前での緊張を強いられるようになった。彼が同級生に真っ直ぐ視線を向ければ、同級生たちは余所見をし、彼が視線を外すと、同級生は彼を見つめ嘲笑う。そういったことが幾度なく繰り返された。


 次第に彼はひとりぼっちであることを意識するようになり、自分が普通の子供とは違うことを自分でも認識するようになった。彼は「いじめ」の無視によって独りになったのではなく、自分が普通の子供でないからひとりぼっちになったのだと考えるようになった。

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吃音について記憶に残っていること @bblack

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