第6話
しかし、一月二月三月と時間が過ぎていくに従い、お屋形の言葉とは裏腹に
それは婆との情が深まるごとに、
そして、
今日こそは言わなければならない。
自分が坊ではないということを。
婆が畑仕事が帰ってくる頃を見計らって
「ばっちゃ、ちょっと話したいことがあるんだ」
「なんじゃ、坊。改まってなにやら奇妙じゃのう、なんじゃ?」
帰ってきて荷を置くなり、婆は腰をおろした。
「…ぼくは本当の坊じゃない。ぼく…いや、私は本当は…妖狐…あやかしなのです…」
しん、とした長い静寂が訪れた。
すると、突然婆の大きな笑い声が小屋中に響き、
「ひゃっひゃっひゃ!!あなや!これは一本取られたわい!!坊や!確かに記憶が少しばかりあやふやであることもあろう…だが、そんな風に婆をからかうものではないぞよ!婆も恐ろしくなるところじゃったわい!ひゃっひゃっひゃ!」
「ち、違うんです…でも私は…坊ではなかったとしても…ばっちゃのことがとても好きで…」
「ばっちゃを想う気持ちや……何かをしてあげたいと想う気持ちは……坊ちゃんにも勝らずとも劣りません……」
「ぼ、坊……?…そ、そんな世迷い言を言うものではない…さ、さ、早く元の姿へ……」
「今まで騙してごめんなさい……ばっちゃ……それでも私はばっちゃのことが……」
婆の目が狼狽で何度も何度も白黒に明滅した。
そして、その狼狽が行き場のない怒りになるのに、数瞬と時間は要らなかった。
婆は慌てふためいて腰砕けになりながらもかまど場へ向かい、戻ってくるとその手には鈍く光る包丁が握られていた。
「だ、だ、だまらっしゃい!!!この薄汚い女狐めが!!!坊をどこへやった……!!答え次第ではこれっ!!これだぞよ!!!さてまた鍋にして喰うてくれよう!!」
その時、
いつか、初めて婆を見た時のような、血走った眼から溢れ出るようなあからさまな敵意。
それが自らに向けられようとは、愚かしくも夢にも思わなかったのだ。
「ば、ばっちゃ………い、今まで騙してごめんなさい……私は…ただ…」
「ふざけるな!!坊を出せ!!!坊を…坊を返せ!!返せ!!返せ!!!!!」
「お婆ちゃんの家族になりたくって……お婆ちゃんを……慰めようと思って……」
「黙れ!!!黙れ黙れ黙れ女狐!!!お前など二度とここへ来るな!!!穢らわしや!!!あな穢らわしや!!!そうじゃ…合点が行ったぞ…!!お主が坊を喰ったんじゃな!!この化け狐めが!!」
「ば、ばっちゃ……わたしは……」
「だまらっしゃい!!!お前が……お前が喰ったんじゃな!!!!よくぞ厚かましくも近づいてきたものぞ……!!!」
「そんなこと…するわけない……!!」
「よくも坊を……!!!殺す!!!!殺してやる!!!!」
婆の手から何かが閃き、鵲のいる床の少しばかり横に鈍い音をして突き立った。
包丁だった。
背筋が寒くなり、ゾワゾワと虫が這うような嫌な悪寒が身体中を走った。
これが…死の恐怖?
いやだ………いやだ。いやだ。
「いやだ……いやだよ……!!!!ばっちゃ……!!!」
それから何があったか何を言われたか。悶着があったのは確かだが詳しく想い出すことは敵わない。
見上げるとはるか上空では星空が明滅しているはずだが、ぼやけた視界の中で像を結ぶことは叶わなかった。
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