第5話



「…それでですね!!」


 目を輝かせて婆との出来事を語るいそしぎをお屋形は嬉しそうに眺めていた。


「ほうほう……それは楽しそうじゃのう、何よりじゃ」


 いそしぎは婆の作ってくれた黒玉の甘いこと、婆と過ごす時間が穏やかでゆっくりとであること、それまでにあった色々なことをお屋形に話した。


 しかし、一通り話し終えたいそしぎは少しだけ顔を陰らせた。


「でも…時折私は悩むことがあるんです…私はばっちゃのことを…騙してるんじゃないかって…」


「はてな?人を化かすことに惑うとは、なんとも妖狐らしくないのう、少し詳しく聞かせてみよ」


「…ばっちゃが大事に思っているのは、ここにいる私ではなく、どこか別の坊と呼ばれている子供なんです。ばっちゃが私に求めているのは坊という幻であって、私ではないと思うと…なんだか少し胸の辺りが岩のように重たく苦しくなる時があるのです…」


「…ふむ」


「私は変なのでしょうか…」


「いんや、一向構わぬよ。いそしぎ、一ついいことを教えてやろう、”嘘をつかねば仏になれぬ”という人に伝わることわざがあってのう」


「ほとけ?」


「あー神みたいなものじゃな?つまりは嘘をつくことは時には人のためになるということじゃ。婆は死んだと思うていた坊と会えた、それで婆は幸せじゃろう?真実は時にいたずらに人を傷つけるもの…兎も角もそのように考えればよいのではないか?」


 お屋形が何やら浮かぬ顔のいそしぎの背中を見送ったあと、背中からさいが声を掛けてきた。


「お屋形様…一体どういった酔狂ですか」


「酔狂とはなんじゃ、失敬じゃのう」


「…幼い妖狐を人里にけしかけるなど…一体何のお積りなのですか?ひのえに知れればただでは済みませんよ?」


「そうじゃのう。お主が黙っておれば丸く済む話じゃな?」


「…本当に度し難い御方だ」


 さいは一つため息をついた。


「それにしても…お屋形様はなぜ人の諺をよくご存知なので?」


「永く生きておれば仕様のない知恵なども身につくというもの」


「つまり、大した意味はないと仰る?」


「そうじゃ」


 お屋形が踵を返すとチリリと微かに鈴の音がした。


「わし一人安穏と生き永らえるなぞ…全くなんの益体もないことよ」

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