第2話
「お
昼間からまだ年若い妖狐、
「昼間から
「お屋形様がご決裁なされないことには進まない政務が山のように溜まっているのですよ…!」
「こんな
「
お屋形と呼ばれた女の妖狐は退屈そうに自らの手のひらをじっと見つめた。
「…”人との接触は是を禁ず””喜怒哀楽を表すことを禁ず””感情を持つことは好ましからず”……どれもこれも先代以前の触れなど碌なものがないではないか…」
「な、なんと
怒りにうち震える
「抑えよ
「も、申し訳ございません」
妖狐の里では先代以前の”お触れ”という法度により長寿になればなるほど、感情を律することができなければならないとされている。
齢千で情感に惑わされず、齢三千を越せば感情そのものを無として好悪を持たぬことが徳とされていた。
「お屋形様は未熟なお前が感情を露わにするのを面白がっているだけだ、相手の思うつぼになっているようではまだまだ」
…が、それすらも意に介さぬようでお屋形はカカカと笑い声を上げた。
「とんだ了見じゃのう
「…お屋形様…貴方様が万年という長寿を成されたのも先代の為政のお力によるところが大きかったのですよ。それに触れを出すに到った経緯については先代のお背中を見てきたお屋形様の方がずっとお詳しいでしょう…」
妖狐の里には長い長い歴史がある。そこには特定の事物が禁忌されるに然る憎しみや争いの歴史があった。数千年の時を生きる妖狐は、不老であっても不死ではないのだから。
「…ふん、
お屋形の言葉を今度は
誰もいなくなった部屋でお屋形は、起き上がると縁の外へ声をかけた。
「おい、そこな
慌てて草むらから顔を出したのは、齢百に満たぬであろう幼い妖狐だった。
「…わ、私は
お屋形は頓着するような様子を見せず、何も言わずしげしげと
「続けよ」
こくりと喉を鳴らし、
「…なぜ妖狐は人と接してはならないのですか??」
ふむ、とお屋形は鼻を鳴らすと
「丁度そのことについて説教を喰らったところじゃ…が、お主はなぜそのことを不思議に思うのじゃ?」
「なぜ…?」
「不思議と思うからには、その道理があるはずじゃろう?それとも単なる子供の思いつきとでも申す積りか?」
そう言って笑んだお屋形だったがその眼は笑ってはいなかった。
「…私はきっと……知りたいんです。人がどのように感じ、考えるか。私には生まれつき家族というものがおりません……それ故でしょうか。人が人の死に涙をする。そのような感情を知りたいと、私は思うのです……」
「…お主は自分が何を申してるか分かっておるのか?」
凄むような声の調子に恐怖を感じるよりも前に、
「はははははははは!!!!」
「
「は、はい!」
「ふむ、見たところお主はまだまだ力が足りないようじゃ…しばし待て」
しばらくの間、部屋を辞したお屋形が戻ってきて鵲に手渡してきたものは、妖狐の変化の術を増強させるための『変妖の宝鏡』と呼ばれる神器だった。
数年に一度の祀りの際にお屋形が冠の如くに身につけるものでそれが如何に貴重なものか、
「これは…こんな貴重なものを…」
「なに、大したものではない。亡くしたら余程、
「き、気をつけます」
「これを使えば、難なく人里に紛れ込むことができよう。だが、所詮我々は妖狐。俗世には疎く、下手を打てばすぐに化け狐と明らかになろう。故に、出来るだけ独り者の
「ありがとうございます!」
「よいか
妖狐の里の法度に触れる相談事にここまでお屋形が親身になってくれるとは考えていなかった
「お屋形様は…どうして、ここまでしてくださるんですか?」
お屋形様はにっと笑った。
「そんなもの、面白いからに決まっておろう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます