けだしあやかし

藤原埼玉

第1話


 初夏の木陰はまるで緑色の屋根の様。


 かさねさんはいつもの仏頂面で私の前を淡々と歩いていく。藍色がかった長髪が歩く度に尻尾のように左右に揺れている。


 何だかんだと子供の歩調にあわせて歩いてくれるかさねさんの背中から漂う不思議な安心感が私は好きだ。


 見上げると微かな木漏れ日が優しく差している。遠い昔、両親に連れられて歩いた、そんな朧げな記憶が頭の奥をくすぐる。


 私の両親は私がまだ幼い頃に人間に猟銃で殺されたらしい。


 以来、私に家族と呼べるような者はおらず、両親の昔馴染みのかさねさんや村の皆が代わる代わる面倒を見てくれている。


 ふと鼻先をつく、何かが焼けるような、それでいてどこかやさしい不思議な匂いがした。


「…いそしぎ、こっちだ」


 かさねさんは私を手で制するように一言そう言うと、草叢へ私を導いた。さっきの煙の薫りがふっと鼻をつく。しばらくすると人間たちの喧騒が向こうの方から聞こえ始めた。


 人里の近くに住む私達妖狐は用心のために人化しているとはいえ、こうやって身を隠す。


「葬列だな」


「そうれつ?」


 私はきょとんとして人間たちの群れを見た。みんな俯いている。黒い着物を着たつるりとした頭の男の後ろには涙を流す女とそれを支えるように歩く男がいた。


「…人はああやって”死後の魂を慰める”のだそうだ。人は短命だから、肉体が死んだ後、魂がまた生き返るのだと信じているらしい」


 大きな女の人が赤子のように泣きじゃくっているのが見えた。


「…死って泣くほどつらいことなの?」


 かさねさんは奇異なものでも見るように私の顔を眺めた。俺に聞くな、とでも言いたげなかさねさんお得意の面倒くさそうな表情だった。


 かさねさんは人間たちが向こうに行ったことを確認するとさっさと行ってしまった。私は慌て気味にその後ろについていく。 


「ねえねえ、あの泣いてた人は死んだ人のことがそんなに大事だったのかなぁ?」


 無言のまま少し早足に歩いていくかさねさんに構わずに私は話し続ける。


「生まれ変わるって信じてるならなんでかなしいんだろうね?変だよね?ね?」


「…」


「泣くってどんな感じなんだろう?かさねさんは泣いたことってある?あんなに皆の前で堂々と泣くなんて。人には泣いたらいけないってお触れはないのかなぁ?」


 かさねさんは観念したようにはあ、とため息をついた。


「…人は短命で弱く、群れて子を成し、しゅを守っていかなければ生きることができない生物だ。それ故に動物の本能で仲間同士に”情”という精神的な連帯を感じ合うことで、群れの最小単位であるつがいや家族となるように出来ている。すべて動物として刻み込まれた本能に過ぎないが、人はそれに『愛』と名付け、あたかも高尚なものであるかのように考えるのだそうだ」


「愛…?」


 確かに人は私達妖狐とは大分違う。不老の妖狐が子供を作るのはなにかの理由で村の妖狐の頭数が減った時くらいで、あんまりに頭数が増えすぎると逆に色々と困ることが多いらしい。


「俺が知ってるのはそれくらいだ。さっさと帰るぞ」


 かさねさんはそれきり黙ってしまった。まあ無口なのはいつものことだけど。


 どうして、あの女の人は泣いていたのだろう。


 どうして、もういなくなった人のことをかなしむのだろう。


 どうして、涙を流すのだろう。


 どうして。どうして。


 私の胸の奥に引っかかってとれないものがどんどんと降り積もっていく。


 死。


 家族。


 愛。


 まるでどこか遠い国の夢のように不思議な手触りの言葉。


 それらがどういうものなのか。


 私はまだ知らないままだ。

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