095.エピローグあるいは誰かの想い
ナルハが生まれたばかりの幼い頃から、彼女のことはとても愛しく思っていた。もちろん、兄と妹として、だけど。
馬車が崖から放り出された瞬間、私とゲイルはごく自然にナルハを守った。この場にアリッサがいれば、何も問題はなかったのかもしれないけれど。
ただ、そこで私は、思い出した。
そうしてナルハも、思い出した。
「……鳴霞?」
「……鳴火おにーちゃん?」
いやまあ、さすがにショックだったというか。
だってあの、ちょっと頼りなさげだけど私にはいつもにっこり笑ってくれたおにーちゃんがだよ、生まれ変わったら可愛い可愛い妹になってたんだよ? そりゃ私だって、前世がおにーちゃんラブなブラコン妹だったのは結構アレ、だったけど。
それでもって私、メイコールの大親友でパーフェクトイケメンの称号をもっててもおかしくないダニエル、彼の婚約者でゆくゆくは侯爵夫人。
「めっちゃいいやん」
すべてを思い出したところでの私の感想は、その一言だった。なぜ関西弁になってしまうのかは、まあ置いといて。
前世でのブラコン、現世でのシスコンを否定する気は、私には毛頭ございません。というか、思い出す前からバリバリ全面に出してたし。
ただ、鳴霞の頃から別におにーちゃんとどうこうなろうとかいう考えは全くなくて、どちらかといえばおにーちゃんが悪い女に騙されたりしたら私が助けてあげるんだー、という方向であった。割と保護者的? 妹なのにね。
翻って現世。おにーちゃんから生まれ変わった可愛いナルハには、ダニエルというどこからどう見ても何の問題もない婚約者が既にいるわけだ。私と一緒に学園卒業したら、即近衛隊入隊も決まっている。そしていずれは侯爵位を引き継ぐ……私は伯爵位だからちょっと向こうのほうが上、まあ家同士仲がいいからいいんだけど。
「よし、このまま行こう」
私はそう決めた。おにーちゃん、ナルハも今のままで生きていくことに決めたようだし……いやまあ、もとに戻るのは無理なんだよね。私たち、事故って死んで転生してきたんだもの。
「本当に、よく似合っているよ。ナルハ」
「ありがとうございます、兄上」
まあ、いろいろ面倒事はあったけど、そんなものはもう忘れたよ。だってほら、ナルハがウェディングドレス着て笑ってる。
無事にダニエルの元に嫁ぐことになったナルハは、中に水上鳴火を納めたままクライズ侯爵家の一人となる。
「……そう言えば、ナルハ。伝えたんだって?」
「え? ああ、はい。十日ほど前に、お伝えしました」
そう言ってナルハは、ニッコリと微笑んでみせた。そうか、やはりな。
彼女が『伝えた』おそらく翌日に、ダニエルは私のところにやってきたからな。
「メイコール、ちょっといいか?」
「ああ。何だ?」
真剣な顔をして人のいない場所に私を誘うダニエルに、なんとなく推測はついていたんだ。だから、素直についていって。
「君とナルハには、その……『生まれる前の記憶』というのがあるのかい?」
「ん……ああ、ダニエルとしてはそういう認識なのか」
私の『水上鳴霞の記憶』と、ナルハの『水上鳴火の記憶』。この世界において転生という概念があるのかないのかはわからないけれど、少なくともダニエルにはそういう知識はほとんどないようだった。故にナルハは、『生まれる前に別人だった記憶』という感じで説明したのではないだろうか。
「あるよ。私はメイコールとして生まれる前、ナルハが生まれる前に生きていた存在の妹として生きていた」
「……生まれる前も、きょうだいだったんだね」
「立場がまるっと逆だけれどね。その頃から私は、ナルハのことを大切に思っていたよ。きょうだいとして」
ダニエルには、隠しても仕方がないだろう。だから私は、私としての思いをきちんと告げる。そのうえで、可愛いナルハを、大切なおにーちゃんを託すために、ダニエルに向き直った。
「ナルハがどう説明したのか、私は知らない。ただ、私の妹は生まれる前がどうとか、私がどうとかなんて関係ない。ダニエル、お前を好きでお前の妻になりたい、ということには何の間違いもないよ」
「ああ、もちろんわかっている」
そこは間髪入れずに肯定したな、さすがはダニエル。ああ、お前のナルハへの好意にもいささかの疑問も抱いていない。きっとダニエルならナルハの中身がまるっとおにーちゃんでも受け入れてくれる、と私は信じているからな。
「だからメイコール。『生まれる前の記憶』も含めて、俺はナルハをもらっていくよ」
「ああ、全部渡す。だから、幸せにしろよ?」
「当然だ」
私の期待に答えて、大きく頷くダニエル。よし、本当に、頼んだぞ。
私の可愛いナルハと、私の大好きなおにーちゃんを。
グラントール兄妹は前世でも兄妹であった。ただし、立場は逆 山吹弓美 @mayferia
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