ずっと踊らされていたが、俺に屈するつもりはない。――10

 俺たちが硬直するなか、リラが、トン、と跳躍ちょうやくし、集まった衛兵たちの向こうに着地する。


 軽やかすぎる身のこなしは、一般人のそれじゃなかった。


 そういうことだったのか……。


 俺は悟った。


「ブロッセン王は魔公じゃない。お前が魔公だな?」

「改めて名乗ろうかの? 妾はダキニ。魔王軍が誇る七魔公の一角じゃ」


 ミアがハッとする。


「シルバさま! ダキニの真の狙いは……!」

「ああ。俺たちに、ブロッセン王を殺害させることだったんだ」

「ご名答じゃ」


 ダキニが上から目線で認めた。


 ブロッセン王国が戦争を企てている疑いがあると、サシャに伝えたのはリラ(=ダキニ)だ。


 宿を用意し、調査に適した環境を作ったのもリラ。


 ホール伯の調査に協力し、ブロセルク城で行われたパーティーに招待し、証拠集めの協力をしたのも、策略さくりゃくのうち。


 そうして俺たちにブロッセン王を説得しなければならない状況を作り上げ、ブロッセン王を魔公と


 仕上げに、『浄化』スキルでダメージを受けたをさせて、ブロッセン王が魔公であると、俺たちに勘違いさせたんだ。


 そして、ここまで狡猾こうかつな策を練った目的は――


「俺たちにブロッセン王を殺害させることが、お前の真の狙いだな」

「そこまで見抜いておったか。なかなか利発りはつだのう」


「ほう」と、ダキニが意外そうな顔をした。


ぬしらは、魔公を何体も討伐するほどに成長してしまったからの」

「国王殺害の罪を着せ、俺たちを

「いかにも。モンスターが相手なら問題なくとも、善良な者たちが敵に回れば、主らにはどうすることもできまい」

「な、なんて、悪辣あくらつ、な……!」

「ご主人さまを、お尋ね者にしようとするなんて!」


 シュシュとクゥが、ダキニに敵意を向ける。


「おお、恐ろしや恐ろしや。しかし、よいのかの? 主らが妾を討つには、リラをあやめなければならぬえ?」

「どういう、こと?」


 睨むピピに、ダキニが見せつけるように自身の――いや、リラの体を抱いた。


「妾のふたつめのスキルは『憑依ひょうい』。対象人物と一体化し、意識と肉体を乗っ取るスキルじゃ。つまり、妾はリラと同化しておるのじゃよ」

「リラを人質に取るつもりか!」


 ダキニがニタリと口端を歪める。


「主らは、妾が一年半もついやした計画を台無しにしたからのう。罰を受けてもらわぬと困るえ?」


「く……っ」と俺が歯噛みしたとき、サシャがポツリと呟いた。


「一年半……オレが、リラと出会ったのと、同じ時期……」


 俺は瞠目する。


 サシャと出会ったとき、リラはすでにダキニに『憑依』されていた。


 だとしたら――


「のう、サシャ? 主と食べ合いこしたジェラートは美味びみじゃったのう」


 ダキニが猫なで声で話しかける。


「主が連れて行ってくれた食堂を妾は気に入っておったぞ? 主と見た、展望台からの景色は格別じゃったのう」


 ダキニが嘲笑ちょうしょうを浮かべた。


「すべて、まやかしじゃ」

「じゃ、じゃあ、リラは……!!」


 サシャの声は震えている。


 ダキニが明かした。




「リラに、主と過ごした記憶はない――主の友人は、はじめからどこにもおらんのじゃ」




「そん……な……」


 サシャがうなだれる。その顔は青ざめ、絶望に染まっていた。


「ほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほっ!! よい顔じゃ、サシャ! 計画が破られたのじゃ、これくらいの愉悦ゆえつがなくては割に合わぬのう!」

「ダキニ……お前……!!」


 哄笑こうしょうするダキニに、俺は歯ぎしりする。


 気が狂いそうないきどおりで、はらわたが煮えくり返る思いだった。


 許せない……サシャの心をもてあそぶなんて、絶対に許せない!!


「ほほっ! 妾が憎いかえ? その顔が恐怖に歪むのが、いまから楽しみじゃのう」


 ダキニが右手を挙げる。


 同時、謁見の間に、ブロセルクの住民たちがゾロゾロと入ってきた。


「改めて知らせておこうかの?」


 ひどく愉快そうに、ダキニが告げた。


「ここが主らの死に場所じゃ」

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