ずっと踊らされていたが、俺に屈するつもりはない。――6

 ミアの知らせに、俺たちは息を潜めた。


 空気がピリッと張り詰める。


 静寂のなか、俺の耳にも足音が届いてきた。


 足音が少しずつ大きくなっていき――人影が見えた。


 瞬間、ミアが一気に人影に肉迫し、手刀しゅとうを振るう。


「ひゃあっ!?」


 裏通りに悲鳴が上がった。聞き覚えのある声だ。


 悲鳴のぬしを確認して、ミアが慌てて手を止める。


「リラさん!?」

「ミア!? ビ、ビックリしたぁ……!」


 姿を見えたのはリラだった。


 いきなりミアに攻撃されそうになって驚いたのだろう。リラは目を白黒させている。


 サシャがリラに駆け寄り、抱きしめた。


「リラ! よかった、無事だったんだ!」

「あなたも無事だったのね、サシャ。安心したわ」


 ギュッと抱きつくサシャに、リラが安堵あんどの息をつく。


「シルバ、なにが起きているの? 自分の部屋にいたら、いきなり衛兵たちが飛び込んできて、襲ってきたの。メイドも執事も貴族も、みんな様子がおかしくて、なんとか城を抜け出したけど、街のひとたちも同じだし……」


 リラの息は弾んでいた。操られた人々から逃げていたためだろう。


 俺はリラに打ち明ける。


「多分、魔公に操られているんだ。戦争を企んでいたのも魔公だった。今回の騒動の裏には、魔公がいたんだよ」

「そんな……」


 リラが口元を覆って絶句した。


 親族や国民が魔公に操られていたんだ。リラのショックは相当なものだろう。


 気の毒に思っていると、クゥがクイクイと、シャツの袖を引っ張ってきた。


「ねえ、ご主人さま? お城のひとたちも、街のひとたちも操られているんだよね? リラだけが大丈夫なのは、どうしてだろう?」


 クゥの疑問ももっともだ。


 城内、街、どちらの人々も操られいてるのに、なぜリラだけ操られていないんだろう? 幸いなことだけど、魔公がリラだけ見逃すとは思えない。


「あたしのスキルのおかげじゃないかしら?」


 俺とクゥが首を傾げていると、ショックから立ち直ったらしいリラが、見解を示した。


 リラが、左手の紋章を見せる。


「あたしのスキルは『浄化じょうか』。『解呪かいじゅ』スキルの上位互換で、精神操作の回復と、モンスターへの攻撃の、両方ができるの」

「せ、精神操作の、回復効果が、魔公のコントロールに対して、働いた、ということですか?」


「そういうこと」と、リラがシュシュに答えた。


『浄化』スキル――精神操作の回復と、モンスターへの攻撃を両立したスキル……か。


 リラの説明を聞いて、俺はひらめく。


「リラ、頼みがあるんだ」


 俺はリラに真剣な目を向けた。


「『浄化』スキルを、ブロッセン王に使ってみてくれないか?」





「魔公が、お父様に化けている可能性……」


 俺は自分の推測をリラに伝えた。


 俺の話を聞いたリラは、愕然がくぜんとしている。


「ブロッセン王が操られているなら、精神操作の回復効果が。魔公がブロッセン王に化けているなら、モンスターへの攻撃効果が現れる。『浄化』スキルを用いれば、ブロッセン王が操られているか、魔公が化けているか、判断できるんだ」


 ブロッセン王が操られているなら、魔公の捜索そうさくへ向かう。


 魔公が化けているなら、そのまま交戦。


『浄化』スキルを用いれば、推測に対する答えが出る。その答えによって、俺たちはとるべき行動を決められるんだ。


 リラには是非ぜひとも協力してほしい。


 リラはしばらく押し黙り、沈痛な表情で尋ねてきた。


「仮に、魔公が化けていたら、お父様はどうなっているかしら?」

「それは……」

「気をつかわないで、正直な意見をちょうだい」


 口ごもる俺を、リラが見つめる。


 躊躇ためらいながらも、俺は答えた。


「どこかにとらわれているか……最悪、亡くなっているかもしれない」

「……そう」


 リラがまぶたを伏せ、唇を引き結んだ。


 サシャが泣きそうな顔をする。


「リラ……」

「あなたが泣いてどうするの、サシャ」


 リラが苦笑して、サシャの目尻に浮かんだ涙を拭った。


 ツラくて仕方ないはずなのに、リラはサシャをいたわっている。気丈なひとだ。


「わかったわ、シルバ。あたしは王族としての務めを果たす。ブロッセン王国このくにを救えるなら、なんでもするわ」

「ありがとう、リラ」


 誇り高い王女に、俺は尊敬の念を込め、深々と頭を下げた。


「この裏通りの先に、城を抜け出すときに使う隠し通路があるの。そこから城に忍び込みましょう」


「ついてきて」と、リラが走り出した。

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