ずっと踊らされていたが、俺に屈するつもりはない。――5

「追っ手は来てない?」

「匂いはしないよ」

「足音も遠いです。どうやらけたようですね」


 クゥとミアの報告を聞いて、俺は、ふぅ、と息をついた。


 ブロセルクの街を走り回り、俺たちは裏通りに身を潜めている。


 街にいる人々は一様いちように操られていて、逃げる俺たちに襲いかかってきた。もしかしたら、ブロセルクの住民は、みんな操られているのかもしれない。


「師匠、この騒動には魔公が関わっているんだよね? なにが目的なんだろう?」

「おそらく、『負のオーラ』だ」


「『負のオーラ』?」と首をかしげるサシャに、俺は説明する。


「『負のオーラ』は、人々の『負の感情』から発生する、モンスターを生み出すエネルギーだ。以前、魔公デュラハンが、ワンとフィナルのあいだに抗争を起こさせて、『負のオーラ』を稼ごうとしていた。今回の騒動も、『負のオーラ』を集めるために、魔公が仕組んだものかもしれない」


 戦争が起きれば、必然的に人々は『負の感情』を抱く。『負のオーラ』を集めるのに、戦争ほど適した手段はないだろう。


「だ、だとしたら、魔公は、どこにいるので、しょうか?」


 シュシュに尋ねられ、俺はふたつの可能性を挙げた。


「誰にもバレないように暗躍あんやくしているか、ブロッセン王に化けているかだと思う」

「王さまに、化けている?」


 驚いているのか、少しだけ目を大きくするピピに、首肯しゅこうする。


「謁見の間にいた衛兵たちは、ブロッセン王の命令で俺たちに襲いかかってきた。命令を下したブロッセン王が魔公である可能性は、高い」


 俺は五人を見渡す。


「ブロセルクの住民が操られている現状を見逃すことはできないし、ブロセルクから抜け出す手段もない。魔公に挑もう」

「「「「「はい!」」」」」


 五人が力強く返事をした。


「まずは装備を調えたい。ミア、いつもの装備をお願いできる?」

「もちろんです!」


 ミアが『武具創造』スキルで、ミスリルソードとミスリルアーマーを作り出す。


 俺はミアに礼を言って、ミスリルアーマーの装着をはじめた。


「ねえ、師匠? リラは大丈夫かな?」


 ミスリルアーマーのをつけていると、サシャが眉を下げながら聞いてきた。


 リラはサシャの友達だ。心配するのも当然だろう。


 ブロセルクの住民が全員操られているとしたら、リラもすでに魔公の手中だ。


 しかし、『全員が操られている』というのは、俺の憶測おくそくに過ぎない。リラが正気でいる可能性もある。


 リラは、操られた人々に襲われているかもしれないんだ。


「オレ、リラを助けたいよ」


 サシャがすがるような目で訴えてきた。


 俺もサシャと同じ気持ちだ。リラを放っておくわけにはいかない。


 俺はサシャの頭を優しく撫でた。


「魔公と戦う前に、リラが無事か確かめよう。無事だったら、操られているひとたちに襲われないよう、保護する。いいかな、みんな?」

「「「「もちろん!」」」」


 クゥ、ミア、ピピ、シュシュがうなずく。


 俺たちが微笑みかけると、「ありがとう、みんな」と、サシャが顔の強張こわばりを緩めた。


「――――みなさん、お静かに」


 そのとき、ミアが険しい目をして、人差し指を口元に当てる。


「何者かの足音が聞こえます」

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