情も立場もいろいろあるが、彼女を救えないなら意味がない。――13

 デュラハンの大剣が、うなりを上げながら縦横無尽に走る。


 正対する俺は、極限まで集中力をませ、襲いくる大剣を紙一重でさばき続けた。


『絶対斬撃』スキルがあるため、大剣を受け止めた瞬間、俺は斬り伏せられてしまう。


 結果、回避方法が、体さばきと一部の剣技(攻撃のらし)に限られ、緊張を強いられた俺の精神は、見る見るうちに摩耗まもうしていった。


 間近に迫る死。極度のプレッシャーで、頭がおかしくなりそうだ。


 汗が止めどなく流れる。


 まともに呼吸ができず、全身が酸欠になっているのがわかる。


「はあぁああああああっ!!」


 追い詰められる俺を援護するように、ミアがデュラハンに二振りの刀を振るった。


 さながら閃光。


 高速の剣戟が、銀の軌跡を無尽むじんに描く。


ぬるぬるぬるぬるい! 貴様如きの剣が我に通用すると思うな!!」


 しかし、デュラハンは一顧いっこだにしなかった。


 ミアの剣戟けんげきを完全に無視し、なおも俺に大剣を見舞う。


「くっ! なんて硬さ……こちらの手が先にやられてしまいそうです!」


 ミアも負けじと刀を振るうが、その表情は苦しそうに歪んでいる。


 デュラハンの鎧があまりにも硬すぎるためだろう。刀を持つ手に反動が伝わり、逆にダメージを受けているんだ。


 二対一の状況下、それでもなお、デュラハンが上だった。


『クゥ、ピピ、準備はいい!?』

『いつでもいけるよ!』

『こっちも、OK』


 だが、ふたりだけで敵うだなんて、はじめから思っちゃいない。


 俺たちは四人で戦っているんだ。全員で一丸となって、勝つ。


『ミア、散開!!』

『はい!』


 クゥとピピに確認をとったのち、俺はミアに指示を送る。


 それまでデュラハンに肉薄していた俺とミアは、揃って跳び退いた。


 直後、


「『フリージング』!」


 クゥが、デュラハンに氷の足枷あしかせめ、


「『サイクロン』!」


 ピピが生み出した竜巻が、デュラハンをのみ込む。


「これで……どうだ……っ」


 乱れた息を整えながら、俺は荒れ狂う竜巻を見据みすえる。


 物理攻撃で傷つけることはできなくても、魔法なら――


「ふんっ!」


 俺の期待はもろくも砕かれた。


 デュラハンの大剣が、竜巻をぎ払う。


 竜巻にのみ込まれながら、それでもデュラハンの鎧には、傷ひとつなかった。


「無駄だ! これが貴様らと我との、決して埋められぬ力の差だ!」

「ぐぅっ!」


 俺はうめかずにはいられなかった。


 圧倒的すぎる。同じ魔公でも、ドッペルゲンガーとは防御力が雲泥の差だ。


 おそらく、からめ手が得意で、『変身』スキルをかなめとしていたドッペルゲンガーと違い、デュラハンは真っ向勝負に適しており、素の戦闘力が高いのだろう。まったくもって歯が立たない。


「あ、主さま! あ、あたしも、戦います!」


 俺が歯噛みしていると、背後から声が上がった。


 振りかえると、離れて見守っていたシュシュが、ポンチョ風貫頭衣かんとういのスカート部分をギュッと握りしめながら、俺のもとに近づいてくる。


「シュシュは、デュラハンが怖いんじゃないのか?」

「怖い、ですよ。できるなら、に、逃げだしたいくらい、怖い、です」


 けど、


「こ、ここで立ち向かわないと、あたしは、自分が、許せません! あ、主さまたちの仲間だって、胸を張ることが、できません!」


 シュシュの体は相変わらず震えていたが、その眼差しには決意の炎が灯っている。


 俺はシュシュの瞳を見て、自分の間違いに気付いた。




 ――シュシュに無理はさせられないな。


 ――大丈夫。デュラハンは俺たちが必ず倒す。だから、待っていてくれ。




 俺が言うべきだったのは、そんなセリフじゃなかったんだ。


 生半なまなかな優しさは、シュシュを思いやっているんじゃない。ただ、シュシュを信じていないだけだ。


 シュシュが求めているのは信頼だ。だって、シュシュは俺たちの仲間なんだから。


 思いを改め、俺はシュシュに頼む。


「わかった。力を貸してくれ、シュシュ」

「はい! も、もちろん、です!」


 シュシュが笑顔を浮かべ、力強く頷いた。


「ふんっ! 貴様如きになにができるか!」


 シュシュの決意を一笑いっしょうし、再びデュラハンが突っ込んでくる。


「クゥ、ミア、ピピ! 少しのあいだでいい! デュラハンを足止めしてくれ!」

「「「了解!」」」


 俺の要請に応え、三人がデュラハンの前に立ちはだかった。


 ミアが大剣の乱舞をしのぎ、ピピが猛スピードでデュラハンを攪乱かくらんし、クゥが適時、魔法でサポートする。


 三人がくれた時間を無駄にはできない。


 奮闘する三人から思い切って視線をはずし、俺はシュシュに尋ねる。


「シュシュ、きみにどんな戦い方ができるのかを教えてほしい。それをもとに、作戦を立てる」

「は、はい! まず、あたしが扱える魔法ですが――」


 剣戟音と、魔法の炸裂音が響くなか、俺はシュシュの話を聞く。


 シュシュにできることを把握した俺は、こちらが打てる手と、デュラハンの能力を加味し、策を練った。


「……ひとつ、手がある」

「ほ、本当、ですか!?」

「ただ、シュシュを危険にさらすことになる。それでも、やってくれる?」

「やります!」


 シュシュは即答した。


「だって、あたしは、あ、主さまたちの、仲間なんですから!」


 シュシュの瞳は凜々りりしく、頼もしいものだった。


 俺は一旦まぶたを閉じ、「シュシュを信じろ!」と自分に言い聞かせる。


「……わかった」


 決意した俺は、まぶたを開けて、シュシュに作戦を伝える。


 作戦の内容を聞いたシュシュは顔を強張こわばらせたが、それでも勇気を振り絞るように唇を引き結び、コクリと首肯しゅこうした。


 承諾してくれたシュシュに俺も頷き返し、デュラハンの相手をする三人に念話を送る。


『散開!』


 三人は俺の指示にぐさま反応し、デュラハンから跳び退く。


「『ミストヴェール』!」


 同時、シュシュが魔法を発動し、デュラハンの周りに大量の霧が発生した。

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