情も立場もいろいろあるが、彼女を救えないなら意味がない。――14

小賢こざかしい真似をしてくれる」


 視界を覆い尽くす霧に、我は苛立ちの呟きを漏らす。


 霧は恐ろしく濃く、一歩先すらも見えないほどだ。


 相手を霧のなかに閉じ込め、同時にその動きを捕捉する魔法、『ミストヴェール』。


 おそらく、やつらは『使役』スキルの付随効果ふずいこうか、『意思疎通』による念話を用い、シュシュが把握した、我の位置・行動を共有したうえで、奇襲を仕掛けるつもりだろう。


 しかし、焦ることはない。たとえ、やつらが霧にまぎれて襲ってこようとも、霧の揺らぎを感知すれば対応できる。


 我は冷静に、相手の手を推測した。


 やつらが打てる手は――


 小僧と白虎の剣戟。

 フェンリル、スィームルグ、シュシュの魔法。

 白虎の『武具創造』スキルによる襲撃。

 スィームルグの『神速』スキルによる突進。

 それらの組み合わせ。


 ――と言ったところか。


 やつらの攻撃が、単発では我に通じない以上、もっとも可能性が高いのは組み合わせだろう。


 フェンリルとスィームルグが魔法を合体させられるという情報が入っている。なにより、やつらの真骨頂しんこっちょうは連携だ。


 十中八九、やつらは力を合わせてくる。


 まあ、恐れることはない。冷静に対処すれば、我が負けることなどない。


 我は大剣を中段に構え、神経を研ぎ澄ませた。


 心を水面みなものように鎮め、ただ、待つ。


 ……ユラ


 かすかに霧が揺らいだ。


 我は察する。


 一八〇度後方より接敵!


 あろうことか、やつらは剣戟を選択したようだ。


 我はほくそ笑む。


 バカめ、こちらが反応できないとでも思ったか? その選択は下策げさくちゅう下策げさくだ! 念話で指示を送るヒマすら与えず、カウンターで斬り伏せてくれるわ!


 我は高速でターンし、その勢いを乗せて大剣を振り抜いた。


 刹那せつなすら超える速度。


 我が出しるなかで最速の一撃。


 相手は反応することすらできず、横一文字に両断される。


 


 なんの手応えもない。こちらがターンしようと動いた瞬間、相手が回避行動をとったためだ。


 我の思考を疑問が支配する。


 なぜ、避けられる!? たしかに小僧と白虎の身体能力はあなどれぬが、我よりは遅い! 念話にタイムラグがある以上、我の斬撃を躱すなどあり得ぬ!


 大剣が起こした風が霧を吹き飛ばし、驚愕する我の前に、襲撃者の姿が露わになる。


 そこにいたのは、小僧でも白虎でもなかった。


「シュシュ……だと!?」


 ミスリルソードを構えたシュシュが、大剣の届かないギリギリの範囲にいたのだ。


 シュシュの姿を見て、我は悟った。


 ミストヴェールの効果により、シュシュはリアルタイムで我の動きを捕捉できる。


 おそらくシュシュは、はなから我を攻撃するつもりなどなかったのだ。


 すなわちフェイント。避けると決めていれば、自然、反応は速くなる。


 同時、我は相手の狙いに気付いた。


 シュシュの体を、紫色のオーラが包んでいたからだ。


『報復』スキルによる、『絶対斬撃』のダメージ返しか!


『絶対斬撃』スキルはすべてを断ち斬る。ゆえに、ダメージを数値に表すと『むげんだい』だ。


『∞』であるため、『報復』スキルによるダメージも、『∞』となる。


 こちらの鎧がいくら硬くとも、『∞』のダメージには耐えられない。


『報復』スキルが発動し、我の鎧の胸部分が裂けた。


「ぬおぉおおおおおおおおおおっ!!」


 途方とほうもない痛みに、我は苦悶の叫びを上げる。


「こ、これで、終わりです! デュラハン!」


 ダメージにのけ反る我に追い打ちをかけるべく、シュシュがミスリルソードを突き込んできた。


 狙いは鎧の裂け目。そこを突かれれば、鎧に守られている、我の『核』が傷つけられる。そうなれば、いくら我とて耐えられはしない。


『敗北』の二文字が脳裏にぎる。


「舐、め、る、なぁあああああああああああああああああああああああああああっ!!」


 我は気力を振り絞り、迫りくるミスリルソードに大剣を振り下ろした。


 鎧の裂け目に届く寸前、ミスリルソードの剣身を斬り飛ばす。


「そん、な……っ!!」


 シュシュが目を剥いた。


「所有物如きが、よくも我に逆らってくれたな、シュシュよ! もはや一秒足りとて生かしておけぬ! しかばねとなるがよい!!」


 両腕を返し、振り下ろした大剣で斬り上げを見舞う。


 驚愕によって硬直しているシュシュに、我の大剣を避けることは敵わない。


 我の大剣がシュシュの体を真っ二つに斬り裂く。


 寸前。


 ギィンッ!!


 横合いから放たれた剣戟が、大剣の腹を叩いて軌道をそらす。


 大剣はシュシュを斬り裂くことなく、ただ真上に振りあげられた。


 我は、視界の端に剣戟のぬしの姿を捉える。


「小僧、貴様……っ!!」


 ミスリルソードを横薙ぎにした小僧が、刃のように鋭い目付きで我を睨んでいる。


「俺たちの勝ちだ!」


 我は大剣に引っ張られて体勢を崩している。シュシュへの反撃を力任せに行っていた我に、もはや体勢のコントロールなどできるはずもなかった。


 小僧のミスリルソードが、狙いたがわず鎧の裂け目に突き込まれる。


 ズ……ッ


「ぐ、ぉ……っ!!」


 我の『核』に、致命的な傷が刻まれた。


 体から力が抜け、手から大剣がこぼれ落ちる。


 まさか、人族如きに、我がやられるなど……!!


 視界が黒く染まっていく。


 体が灰となり散っていく。


 消え行く意識のなか、我は内心で叫んだ。


 魔王軍万歳ばんざい! ディスガルド様万歳ばんざい! デミゴス様ばんざ――――

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