彼女には裏があったが、それでも俺は見捨てない。――8

「これからどうしよう、ご主人さま」

「シュシュさんの『隷属状態』は、厄介やっかい極まりないです」

「ん。放って、おけない」


 シュシュが泣き止んだころ、神妙な面持ちで、三人が俺に尋ねてきた。


 三人の意見はもっともだ。


『隷属状態』にある限り、シュシュの居場所はデュラハンにバレてしまうし、今後、『支配状態』におちいる可能性も、ないとは断言できない。


『隷属状態』を解かない限り、シュシュを救うことはできないんだ。


 考えをまとめ、俺は三人に答える。


「シェイラさんに事情を伝えて、『解呪』を施してもらおう。シュシュは『支配状態』じゃないから、『解呪』に一月ひとつきかからないかもしれないし」

「け、けど、あたし、王国騎士団の方々を、お、襲ってしまいました、よ?」


 シュシュがおずおずと意見してきた。


 たしかに、シュシュは王国騎士団を壊滅させようと動いていたし、見張りの騎士たちも昏倒させている。脅されていたとはいえ、許されるとは限らない。


 それでも、俺には勝算があった。


「デュラハンに『隷属』されていたってことは、デュラハンの情報を提供できるってことだ。デュラハンが抗争を起こしていた黒幕だと判明した現状、シュシュは貴重な情報源になる。無下に扱うような真似はしないはずだよ」


 無論、万が一ひどいことをされそうになったら、俺たち四人でシュシュを守るつもりだ。


「そ、それでも、あたしがいたら、みなさんに、め、迷惑を、お掛けしてしまいます」


 シュシュがうつむいて、キュッと唇を引き結ぶ。


「あたしは、デュ、デュラハンに、位置を把握されて、しまいます。あ、あたしを助けようとした所為せいで、王国騎士団の方々が――あ、主さまたちが、デュラハンに、襲われてしまうかも、しれません。そ、そしたら、あ、あた、あたし、は……!」


 シュシュの体がカタカタと震え出す。


 かくまってくれた村を、デュラハンに襲撃されたトラウマが蘇ったんだろう。


 予想では一月ひとつきもかからないと思うけど、『隷属状態』をすぐに『解呪』できるわけでもない。


 シュシュが自分のもとに戻ってこなかったら、デュラハンも異変を察して、俺たちの前に姿を現すだろう。


 つまり、シュシュを助けることは、デュラハンと――魔公と対決することに繋がるんだ。


 けど、それがどうした?


「構わない」


 俺は断言した。


 シュシュが、ハッと顔を上げる。


 涙に濡れた瞳を真っ直ぐ見つめ、俺はシュシュに告げる。


「シュシュを助けるためなら、どんなことだってやってやる」

「大丈夫! ご主人さまは、魔公のドッペルゲンガーを倒したんだから!」

「もちろん、わたしたちも力になります」

「シュシュは、仲間だから、当然」


 俺に続いて、三人もシュシュに約束する。


 三人とも、気合い充分な凜々りりしい顔付きをしていた。


「シュシュは俺たちが守る。たとえデュラハンを相手にすることになっても」

「あ、主さま……みなさん……」


 またしても泣きだしそうになったシュシュに、俺は柔らかく微笑んだ。




「ほう。随分ずいぶんと思い上がっているではないか」




 闇のなかから、尊大そんだいな声が届く。


 その声を聞いた瞬間、シュシュの肩が跳ね上がった。


「結構、結構。われは威勢のよい者が好きだ」


 ガシャガシャという金属音を伴って、足音が近づいてくる。


 俺は素早く振りかえり、ミスリルソードを抜いた。


 三人も、警戒するように身構える。


「しかし、それは大言壮語たいげんそうごというのではないかね?」


 松明型魔導具の明かりが、声と足音のぬしを捉えた。


 首のない全身甲冑ぜんしんかっちゅうだ。


 その色は奈落の如き漆黒。背には、禍々まがまがしい彫刻があしらわれた大剣クレイモア

 頭部がないにもかかわらず、俺よりもはるかに背が高い。フリードといい勝負だ。


 全身甲冑は、胸元にひとつ埋め込まれた、目玉のような宝玉をギョロつかせ、俺たちを見下ろす。


「デュ、デュラハン……さま……」


 かすれた声で、シュシュが全身甲冑の名を呼んだ。

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