彼女には裏があったが、それでも俺は見捨てない。――3

『解呪』スキルとは、精神の異常状態を回復させる、Bランクスキルだ。


 おそらく『刺客』は、精神操作系のスキル、または魔法を受けている。『解呪』スキルは、その効果を打ち消すのに最適だ。


『解呪』スキル持ちの女騎士を伴い、俺たちは、王国騎士団に捕縛された『刺客』がいる天幕テントに来ていた。


「では、頼む」


 シィエラさんに命じられた女騎士が「はい」と頷き、地面に座ったまま動かない、檻のなかの『刺客』に手のひらを向ける。


「『解呪』」


 女騎士の左手にある紋章が輝く。


 同時に『刺客』の体も輝きに包まれ、その首元にアザが浮かんだ。


「あれ、なんだろう?」

くさりに似た模様ですね」

「精神操作の、影響?」


 三人が首をかしげる。


 ビンゴだ。


『刺客』は、この抗争の裏にいる黒幕によって、支配されていたんだ。


 俺とシェイラさんは、顔を見合わせて頷く。


「推測は当たりのようだ。大きな手がかりをつかんだね」

「ええ。精神操作が『解呪』されれば、『刺客』から黒幕の情報を得られますしね」


『刺客』が正気を取り戻せば、誰に支配されたのかが明らかになる。


 もし、黒幕が魔王軍だったとしたら、それぞれの村に事情を説明すれば、抗争も収まるかもしれない。


 俺たちが期待を寄せるなか、『解呪』を試みている女騎士が、不意に険しい顔をした。


「どうした?」

「この異常状態、相当強力なようでして……」


 シェイラさんの問いかけに、女騎士は額に汗を浮かべながら答える。


 一層の力を込めるように、女騎士がグッと奥歯を噛んだ。


『解呪』スキルの紋章が、どんどん輝きを増していき――


 バチン!


「きゃあっ!!」


 なにかに弾かれたように、女騎士がよろめく。


「大丈夫ですか?」

「あ、ありがとうございます」


 反射的に抱きとめると、女騎士は、かすかに頬を赤らめた。


 俺と女騎士の現状は、からかい甲斐がいがありそうだが、シェイラさんの表情は真剣そのものだった。


 流石さすがに、ふざけている場合じゃないと、わかっているらしい。


「なにが起きた?」

「術者の力量差です」


 俺の腕を離れた女騎士が、悔しそうに顔をしかめつつ、シェイラさんに報告する。


「この『刺客』に精神操作を施した者は、わたしよりもはるかに格上のようです」


 女騎士が視線を『刺客』に向ける。


 その首元にあった鎖状のアザは、すでに消えていた。


「『解呪』が不可能というわけではありませんが、最低でも一月ひとつきはかかるでしょう」

「そうか……ご苦労だった」


 申し訳なさそうにうつむく女騎士をねぎらうように、シェイラさんが肩をポンポンと叩く。


 女騎士は俺たちに一礼して、天幕テントを出ていった。


「そう上手くは解決させてくれないらしい。厄介な相手だね」


 シェイラさんが腕組みをして、眉をひそめる。


「おそらく、『刺客』に精神操作を施した者はSランククラス。いや、それ以上の可能性もある」

「魔王軍がかかわっているとするならば」

「ああ。魔人クラスか、もしくは――」


 シェイラさんと俺が視線を合わせる。


「「魔公」」


 シェイラさんと俺の声が揃った。


「私たちが真相に近づいている以上、魔公が表に出てくる可能性もある。一層の警戒をしないといけない」


 シェイラさんが天幕テントの外に目をやる。


 そこには、すでに暗がりがあった。


「シルバくん。夜が近づいているが、フィナルで警戒にあたってもらっても構わないだろうか?」

「もちろんです」

「すまない。この暗闇のなか、街道を進むのは危険だとわかっているが、私たちがフィナルに向かえない以上、きみたちに頼るほかないんだ」

「大丈夫だよ、シェイラ!」


 弱った面持ちのシェイラさんを元気づけるように、たわわな果実を揺らしながら、クゥが胸を張ってみせる。


「ご主人さまには、ボクたちがついてるもん!」

「ええ。それに、シルバさまの実力は、シェイラさんもご存じでしょう?」

「みんなでいれば、怖いもの、なし」


 クゥに続き、ミアがたおやかな笑みを見せ、ピピがコクン、と頷く。


「そうだね。心配するほうが野暮やぼというものだ」


 シェイラさんが肩から力を抜き、穏やかに微笑んだ。


「よろしく頼むよ」

「任せてください」


 一礼するシェイラさんに、俺は力強く答えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る