彼女には裏があったが、それでも俺は見捨てない。――4

「リアルに、一寸先いっすんさきやみって感じだなあ」


 街道を目指しながら俺はぼやく。


 王国騎士団の天幕テントを出てすぐは、王国騎士団が用意した魔石灯の明かりがあったのだが、少し離れれば、そこに広がっていたのは闇だった。


 松明型魔導具たいまつがたまどうぐがなければ、闇のなかをさまようことになっていただろう。


「みんなは松明型魔導具を持たなくて大丈夫なの?」

「ご主人さまの側にいるから平気!」

「うん。まあ、これだけ密着してたら、明かりには困らないだろうけどね?」


 力なく笑う俺は、三人に身をよせられていた。


 右側にはクゥが抱きつき、左腕にはミアが腕を絡め、ピピは背中にぶさっている。


 誰もがうらやむハーレム状態だけど、多数の女の子に密着される状況は、女性との交際経験がない俺にとって、どうしても落ち着かない。


 それはそれとして、松明型魔導具がひとつだけという現状には不安がある。


 俺たちは、どんなときでも密着していられるわけじゃないんだから。


「いまは問題ないけど、モンスターが現れたら危なくないかな?」


 街道にだって、モンスターは出現する。


 モンスターと遭遇そうぐうすれば、散開して戦わなくてはならない場合もありるだろう。


 その際、松明型魔導具がなければ、不利になることは自明じめいだ。


 松明型魔導具を持っている者は大丈夫だろうけど、残りの三人の負担が大きすぎる。


「問題ありません、シルバさま。わたしたちは夜目が利きますから」


 俺の懸念けねんを、ミアが明るい声で吹き飛ばした。


「たとえ戦闘になったとしても、平時へいじと変わらない働きをお約束します」

「ピピたちにとって、お昼と、いまとは、変わらない」

「ホント、神獣ってなんでもありだなあ」


 三人のスペックの高さに、俺は笑うほかない。


 にぎにぎしく歩いていると、ふいとクゥが鼻をヒクつかせ、目付きを鋭いものにした。


「ご主人さま、モンスターの臭いがする」


 クゥの指摘に、俺たちは即座に臨戦態勢をとる。


 密着していた三人が離れ、俺を取り巻くように円陣を組んだ。


 俺もまた、松明型魔導具を右手から左手に移し、ミスリルソードを抜く。


「パパ、大変」


 張りつめる空気のなか、ピピが静かに、しかし、わずかに動揺をはらんだ声で、俺に話しかけてきた。


「どうした、ピピ?」

「騎士さん、倒れてる」


 ピピの指摘に、俺は息をのむ。


「見張りの騎士か!?」

「多分、そう。三箇所に、ふたりずつ」


 ピピの言うとおりなら間違いない。倒れているのは、天幕テントに不審者が近づかないか見張る、王国騎士たちだ。




 ――私たちが真相に近づいている以上、魔公が表に出てくる可能性もある。一層の警戒をしないといけない。




 シェイラさんの言葉がよみがえり、俺は舌打ちをした。


 早くも仕掛けてきたか!


「みなさん、来ます!」


 ミアが声を上げ、同時、ガシャガシャと、金属と金属が擦れるような音がした。


「やあっ!」

「ふっ!」

「えい」


 いくつもの激突音と、三人の声が入り混じる。


 みんなが接敵せってきしている? 相手はひとりじゃないのか?


 瞬時に予想を立て、俺は覚悟を決めた。


 ミスリルソードを構え、ふー、と長く息をついて、精神を集中させる。


 来るなら、来い。


「ご主人さま、一体、そっちに行ったよ!」


 クゥが叫んだ直後、松明型魔導具の明かりにギラつく、巨大な斧が振り下ろされてきた。


 即座に俺は横に跳ぶ。


 炸裂。

 爆音。


 振り下ろされた斧が、地割れを生んだ。


 恐るべき破壊力に目を見張りつつ、襲撃者の正体を確かめるため、俺は松明型魔導具を向ける。


 そこにいたのは、漆黒の全身鎧を身にまとい、巨大な戦斧せんぶを装備した、大柄な人型モンスターだった。


「『ダークナイト』――魔人クラスの登場か」


 危険度Sランク。人族・亜人属と同じようにスキルを保有する、上位種のモンスター。


 はじめて対峙たいじする魔人の存在感に、俺の頬を汗が伝った。

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