クエストは順調だが、どこか引っ掛かって仕方ない。――1

 フィナルの地理を確認し終えた俺たちは、続いて三手に分かれた。

 一塊ひとかたまりになって見回りをするよりも、効率的だからだ。


 割り当ては、俺とシュシュ、クゥとミア、ピピひとり。


 クゥとピピが最後まで、「「ご主人さま(パパ)と一緒がいい!」」と主張してきたが、久しぶりに再会したシュシュと話をしたいと伝えると、渋々しぶしぶながら納得してくれた。


『クゥ、ミア、そちらに異変はない?』

『ご主人さまがいないのが寂しい……』

『いや、クゥの異変じゃなくて』

『こちらに「刺客」が現れる様子はありません』

『了解。それでも注意はおこたらないでね?』


 俺は『使役』スキルのオプション効果『意思疎通』で、三人と連絡を取りながらフィナルを歩く。


『ピピも、なにかあったらナビゲートをよろしくね』

『ん。その代わり、ちゃんと頑張ったら、いっぱい甘えさせて、ね』

『わかったわかった』


 若干ねたようなピピの念話に、こういうところも愛らしいんだよなあ、と俺は苦笑を浮かべた。


「ところでさ、シュシュ?」

「なんです、か?」

「くっついてたら、歩きづらくない?」


 愛おしさと困惑が混じったような感情を覚え、俺は苦笑した。


 シュシュが、俺の腕に両腕を絡め、スリスリと頬ずりしているからだ。


「ご、ご迷惑、でしたか?」

「いや、迷惑なんてことないんだけど……」


 不安げに見上げてくるシュシュに、頬をきながら答える。


 シュシュは俺の答えを聞いて、ホッとしたように顔をほころばせた。


「で、でしたら、どうか、許してほしいです。主さまに、ず、ずっと会いたかったです、から」


 再び頬ずりしてくるシュシュ。彼女の尻尾の先は、クゥが喜んでいるときのように、ピコピコと揺れていた。


 可愛いと感じると同時に、「参ったなあ」とも思う。


 なにしろシュシュは、クゥ、ミア、ピピに負けないほどの美少女なんだから。


 シュシュに抱きしめられた腕からは、彼女の温もりと柔らかさが伝わり、フローラル系の匂いが、俺の鼻腔びこうをくすぐる。


 普段からクゥ、ミア、ピピにじゃれつかれているけれど、いまだに俺には、女の子とのスキンシップには戸惑うところがある。


 しかも、シュシュと触れ合うのは、これがはじめてなんだ。緊張するのも無理はない。


 でも、シュシュが喜んでくれるなら、それでいいかな。


 子猫のように甘えてくるシュシュを眺めながら、俺は、ふ、と息をついた。


「夢、みたいです。ま、また、主さまと、触れ合えるなんて」


 微笑ましさに浸っていると、不意にシュシュが、寂しげな笑みを浮かべる。


 その笑みが、先ほどシュシュが見せた泣き笑い顔と重なり、俺の胸がまた痛んだ。


 どうしてシュシュは、こんな風に寂しそうに笑うんだろう?


 疑問を覚えた俺の頭をよぎったのは、先ほどのシュシュの言葉だった。




 ――あ、あたしは、主さまたちの、な、仲間になれません。




 もしかして、俺たちの仲間になれないから? 再会できたけど、すぐに別れないといけないから?




 ――その……じ、事情が、あるんです……どうにもならない、事情が。




 ――シュシュはそう言った。


 俺への恩返しよりも大切なことを見つけたと思っていたけれど、もしかして、シュシュがかかえている『事情』は、自ら望んだものじゃないのか?


「ねえ、シュシュ? シュシュが言っていた『事情』って、なんのこと?」


 尋ねると、元から下がり気味だったシュシュの眉尻が、さらに下がった。


「その……い、言え、ません」


 シュシュは消え入りそうな声で答え、俺の視線から逃れるようにうつむく。


 かすかに震えるシュシュの姿に、問い詰めていいのだろうか? と俺は逡巡しゅんじゅんする。


 しばし悩み、かけるべき言葉を探し、俺はシュシュの頭にそっと手を置いた。


「話したくないなら話さなくて構わない。けど、これだけは覚えておいてほしいんだ。俺は――いや、俺たちはシュシュの味方だ」


 いたわるように優しく頭を撫でながら、シュシュに伝える。


「シュシュが求めるなら、俺たちはいくらでも力を貸すよ。しばらくはポッサを拠点にして、『刺客の捕縛』クエストを続けるつもりだから、話したくなったら話してほしい」


 シュシュが、俺の腕に体を預けてきた。


「……やっぱり、あ、主さまは、あたしのヒーローです」


 嬉しさと悲しさが入り混じったような声だった。


『パパ、怪しいひと、いた』


 そのとき、ピピから念話が届いた。


『武器を持った、三人組』


 十中八九、その三人組は『刺客』だろう。


 ピピの報告を聞いて、俺は気を引き締める。


『ピピ、案内をお願いできる?』

『ん。わかった』


 ピピにナビゲートを頼み、俺はシュシュに向きなおる。


「『刺客』が現れたみたいだ、一緒に来てくれる?」

「わ、わかりました!」


 切なげだった顔付きを力強いものにして、シュシュがうなずいた。

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