四体目の神獣と再会したが、彼女には事情があるらしい。――7

 フィナルは、俺の故郷であるファルトのように、味気あじけない村だった。

 建物が少なく、代わりのように、たくさんの畑がある。地面はむき出しだ。


 本来なら、のどかな時間が流れているだろうフィナルだが、いま漂っているのはピリピリとした緊張感だった。


 村のあちこちに、ポッサから来た騎士の姿があり、逆に、女性や子どもとは、ほとんど出会わない。おそらく、抗争の影響なんだろう。


 抗争に関する情報を集めたい俺たちは、『刺客の捕縛』クエストを受けたと告げ、騎士に聞き込みを行った。


 結果、気になる情報を得ることができた。


 なんでも、フィナルの村人を襲った『刺客』たちは、誰もが「報復だ!」と叫んでいたらしい。


 奇妙じゃないだろうか?


 常識的に考えて、報復を終えれば、『刺客』たちはフィナルから立ち去るはずだ。


 なのになぜ、『報復に来た』なんて打ち明ける?


 上手く逃げおおせれば、報復を行ったことに気がつかれない。

 それどころか、仕返しされずに済んだ――フィナルとの抗争に発展させずに済んだはずなんだ。


 報復に来たことをバラす利点なんて、なにもない。ただひとつ、抗争に発展させられることだけを除けば。


 ますます魔王軍の関与が疑われる。


 そう考えながら、俺はフィナルを歩き回っていた。


南東こっちには森が広がっているのか、注意しないといけないな」

「なにを注意するのですか?」


 フィナルの地理を確認する俺に、ミアが小首をかしげる。


「『刺客』を捕らえる際、逃げ道になるかもしれないってことだよ。今回のクエストの目的は、討伐じゃなくて捕縛だ。いつものように、力で圧倒することはできない」

「ボクたちは手加減しないといけないから、その分、『刺客』に逃げられるリスクがあるってこと?」

「そういうこと」


 尋ねてきたクゥに首肯しゅこうを返し、俺たちはなお、村のなかを歩き回る。


「――あるじさま?」


 畑の脇を歩いていると、不意に背後から声をかけられた。


 振りかえると、そこにいたのは、カーキーの、ポンチョ風貫頭衣かんとういをまとう、蛇人族だじんぞくの少女だった。


 一二歳くらいの見た目の、細身の少女だ。


 ウェーブのかかったターコイズブルーの長髪。

 サファイアの瞳は垂れ気味で、眉尻の下がった『困り眉』をしている。

 貫頭衣の裾からは、髪と同じくターコイズブルーの、つややかな鱗に覆われた尻尾が伸びていた。


 この子は誰だ? 俺になんの用だろう?


 疑問に思っていると、蛇人族の少女は、真珠のような大粒の涙をこぼし、俺の胸に跳び込んできた。


いたかった……逢いたかった、です、主さま……!!」


 蛇人族の少女は、離すまいと言うように、俺をギューッと抱きしめる。


 俺への敬愛が込められた反応と、『主さま』という呼称。


 俺はピン、ときた。


 きっとこの子は、クゥ、ミア、ピピと同じ、俺に恩返しするために、神獣に転生してくれた子だ。


 蛇人族ということは、多分――


「もしかして、シュシュ?」


 蛇人族の少女は、涙に濡れた瞳で俺を見上げ、嬉しそうに微笑んだ。


「は、はい! 主さまに救われた、へ、蛇のシュシュ、です!」

「きみもディアーネさんにお願いして、恩返しにきてくれたの?」


 尋ねると、シュシュは目を丸くする。


「ど、どうして、ご存じ、なんです、か?」

「ありがたいことに、恩返しにきてくれたのはシュシュだけじゃないんだ」

「そう! ボクたちもおんなじだよ!」


 クゥが元気いっぱいに手を挙げると、シュシュは「ぴっ!?」と鳴き、肩をビクッと跳ねさせた。


「わたしたちも、シルバさまに身命しんめいを捧げるために転生したのです」

「そ、そう、なん、ですか……」

「ん。だから、ピピたちは、シュシュの仲間」


 クゥが満面の笑顔で、ミアが穏やかな表情で、ピピがほのかに口端くちはしを上げながら、シュシュに手(翼)を差し出す。


 握手を求める三人に対し、


「あ、あうぅ……」


 と、シュシュは一層強く俺に抱きついた。もはや、しがみついていると言っていいほどだ。


 シュシュの態度を不思議に思ったのか、三人が揃って首をかしげる。


 俺は苦笑しながら頬をいた。


「シュシュは怖がりなところがあるんだ。いきなり『仲間だ』って言われて戸惑っているんだよ。けど、みんなをこばんでいるわけじゃないんだ。そうだよね、シュシュ?」


 俺がフォローすると、シュシュはコクコクコクコクと、赤べこのように何度も何度もうなずいた。


 シュシュは、前世で退治されそうになっていたところを保護した子だ。


 退治されかけたことがトラウマになっているのか、俺が保護したときは威嚇いかくすらできない状態だったのを覚えている。


 げんにいまも、すがりつくように俺のシャツを握りしめているしね。


「だから、ゆっくり時間をかけて仲良くなってほしいんだ」

「わかったよ!」

「そうですね。急に距離を詰めすぎました」

「慣れてもらえるよう、頑張る」


 三人が首肯しゅこうを返すなか、「あ、あの……」と、シュシュがか細い呟きを漏らす。


「どうしたの、シュシュ?」


 俺の視線から逃れるようにうつむいたシュシュに尋ねると、しばしの沈黙のあと、




「あ、あたしは、主さまたちの、な、仲間になれません」




 涙混じりにそんな告白が返ってきた。

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