俺は王国騎士になれなかったが、協力要請がきたらしい。――2

 俺が依頼を承諾した三日後、王都から迎えの馬車がやってきた。


 俺たち四人は馬車に揺られ、一日半かけて王都『ブルータス』に到着した。


 ブルータスの街並みは、王都とあって豪奢ごうしゃだった。

 市場いちばの賑わいや、建物の大きさ・造形美が、ハーギスとは別格だ。


 馬車の窓かブルータスの街並みを眺めながら、俺たちはついに、王国騎士団の詰所つめしょに到着した。





「はじめまして、シルバくん! よく来てくれたね!」


 詰所の応接間で俺を出迎えてくれたのは、凜々りりしさと美しさを兼ね備えた、二〇代前半とおぼしき女性だった。


 栗毛のポニーテールに、琥珀色こはくいろをした切れ長の瞳。


 俺よりもわずかに高い、女性としては珍しいほどの長身に、クゥ並みに豊かな胸。


 シャツとスカートの上に、ミスリルアーマー、籠手ガントレットすね当てグリーブを装着した麗人れいじんに、俺は言葉を失った。


 うわぁ! 俺、『剣閃けんせんのシェイラ』に話しかけられてる!!


 それも仕方ない。なにしろ彼女は、ブルート王国中に名が知れ渡る有名人であり、俺の憧れのひとでもあるんだから。


 シェイラ・ダ・リヴェルト――伯爵はくしゃくくらいを持つ、王国騎士団の団長だ。


「依頼を引き受けてくれて感謝する。よろしく頼むよ」

「あ、は、はい! こちらこそ!」


 シェイラさんに握手を求められ、俺はおっかなびっくり応える。


「緊張しているのかい? まあ、依頼の重大性を考えれば仕方ないと思うが、ともに頑張ろうじゃないか!」

「あ、いえ、緊張しているのは依頼とは無関係といいますか……」

「ほう! 今回の依頼を前に尻込みしていないのかい? 話にたがわぬ剛毅ごうきさだ!」


 シェイラさんが快活かいかつに笑う。


 いや、俺はただ、憧れのひとと握手できてドギマギしているだけなんですけど……まあ、そんなことは打ち明けないでいいか。


 俺が苦笑していると、シェイラさんの隣にいる二〇歳はたちくらいの男性が、ジロリとめ付けてきた。


 不愉快そうな視線に、俺はたじろぐ。


 金の長髪に青いつり目。


 ミスリルのプレートメイルをまとう、一八〇は超えるだろう長身。


 間違いない。あのひとは、王国騎士団二番隊隊長、フリード・ダ・エイターだ。


 シェイラさんと同じく有名人の、フリードさんに出会えた喜びとともに、俺は疑問を抱いた。


 なんでフリードさんが俺を睨んでくるんだ? 俺、フリードさんとは初対面だよな? どこかで恨みを買うようなこと、したっけ?


 俺が首をかしげるなか、シェイラさんはミアとピピとも握手をしていた。

 ひとり、人間不信のクゥにそっぽを向かれ、苦笑していたけれど。


「ひとまず座ってくれ」


 一通りあいさつをしたあと、シェイラさんは応接間のソファを示した。


 俺たち四人が並んで座ると、シェイラさんは対面のソファに腰かける。


 フリードさんはシェイラさんの斜め後ろに立ち、相変わらず俺に剣呑けんのんな眼差しを向けていた。


「まず、魔公ドッペルゲンガーを討伐してくれたことに、心からの感謝を述べよう。本当にありがとう」


 シェイラさんが深々とお辞儀じぎをする。


 憧れのひとに頭を下げられて、俺は慌てて両手を振った。


「あ、頭を上げてください! 俺たちがドッペルゲンガーを討伐したのは私情ゆえです! シェイラさんがそんなにかしこまらなくてもいいですよ!」


 そう。俺たちは、妖精郷を救うためにドッペルゲンガーと戦ったんだ。


 ブルート王国も、王国騎士団も、はっきり言ってどうでもよかった。


 結果的にブルート王国に貢献できたわけだが、ドッペルゲンガーとの戦いは私闘といったほうが正しい。


 それでもシェイラさんはかたくなだった。


「そういうわけにはいかない。私たち王国騎士団の使命は、ブルート王国の国民の、剣と盾になることだ。それなのに魔公の討伐に失敗し、、守るべき民間人のきみに助けてもらった。不甲斐ふがいなさでいっぱいだよ」


 顔を上げたシェイラさんは、しかし、申し訳なさそうに眉をひそめていた。


 そんなシェイラさんに、俺は困ったように笑ってみせる。


「俺も、シェイラさんと同じですよ」

「同じとは?」

「俺も、ドッペルゲンガーと戦っているときは、自分の無力さが歯痒はがゆくて、情けなくて、仕方なかったんです」


 ドッペルゲンガーとの戦いで、俺は三人に頼りっきりだった。


 そのうえ、大怪我まで負わせてしまったんだ。あのときのことは、いまだに悔しくて、思い出すだけで胸をきむしりたくなる。


「俺ひとりの力では、ドッペルゲンガーに太刀打ちできませんでした。ドッペルゲンガーを倒せたのは、すべて、みんなのおかげなんです」


 言いながら、俺は三人に視線を向ける。


 三人はキョトンとした顔を見せ、ぐさま一斉いっせいに反論してきた。


「そんなことないよ! ご主人さまがいないと、ボクたちは全滅していたもん!」

「そうです! それに、ドッペルゲンガーにトドメを刺したのはシルバさまではないですか!」

「パパは、謙虚けんきょすぎ。自分のスゴさ、わかってない」


 必死に訴える三人を見て、俺は改めて思う。


 強くならないといけない。みんなと並んで戦える力を、みんなを守れるだけの力を、身につけないといけないな。


「そうか。シルバくんだけでなく、きみたちも尽力してくれたんだな」


 シェイラさんが立ち上がり、もう一度、うやうやしく腰を折った。


「クゥくん、ミアくん、ピピくん。王国騎士団団長として、きみたちに最大の敬意を表するよ」

「だから、頑張ったのはご主人さまだって言ってるでしょ!」

「ちょっ、クゥ!?」

「ははっ! もちろんわかっているさ! きみのご主人さまは本当に立派だ!」


 噛みつくクゥを意にも介さず、シェイラさんは爽やかに笑っている。


 けど、俺はクゥの態度にハラハラさせられっぱなしだ。


「チッ」


 慌てふためく俺の耳に、舌打ちが届いた。


 見ると、フリードさんがましげに口元を歪め、そっぽを向いている。


 本当に、フリードさんは、なんでここまで俺に敵意を向けるんだろう?

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