第二章

プロローグ

 朝、目が覚めると三人の女の子に抱きしめられていた。

 いつものように、右にクゥ、左にミア、正面にピピという配置だ。


 屋敷にはいくつもの寝室があるが、三人は俺と別のベッドで眠ることをがんとして拒み、結局、毎晩みんなで一緒に寝ている。


 正直、たまったものじゃない。


 クゥのポヨンポヨンな胸と、ミアのスベスベな脚と、ピピのポカポカした体温は、無視するにはあまりにも刺激的すぎる。


 しかも、クゥからはホットミルク、ミアからは桜、ピピからは砂糖菓子みたいな匂いがしてくるんだ。


 いまだに慣れられないのも当然だろう。というか、こんな状況で平静を保てる童貞がいたら、是非ぜひとも話をうかがいたい。


 昨日だって、眠りにつくまでに何匹の羊を数えたことか……


 それでも、三人の幸せそうな寝顔を見ていると、「まあ、いいか」と思ってしまう。


 俺は諦めつつも頬をゆるめた。


 眠りながらもスンスンと匂いを嗅いでくるクゥが、

 スリスリ頬ずりしてくるミアが、

「パパ……大好き」と寝言を呟いているピピが、

 俺をしたってくれる三人が、愛おしくて仕方ないんだから。


 いつまでも眺めていたいという願望を抑え、俺は三人を優しく起こす。


「みんな、朝だよ」

「……んぅ?」

「ん……みゅ」

「ふあぁ……」


 愛らしい声とともに目を覚ました三人は、いずれも寝惚ねぼまなこのまま、「「「……おはようございますー」」」とあいさつしてきた。


 トロンとした瞳や、寝癖ねぐせのついた髪が、なんとも微笑ましい。


「おはよう、みんな。よく眠れた?」

「あと五時間だけ眠らせて……」

「クゥ、長すぎない?」

「シルバさまがご一緒ですと寝心地がいいので……」

「こ、こら、ミア! 抱きついてないでシャキッとしなさい!」

「……くぅ」

「ピピは二度寝しない!」


 朝っぱらから自由すぎる三人に手を焼くが、これはこれで楽しい一時ひとときだ。


「朝ご飯が、お昼ご飯になっちゃうよ? 一食抜いてもいいの?」

「それはイヤー」

「シルバさまのご飯は美味しいですからー」

「ん。仕方ないー」


 現金なもので、三人はご飯抜きと言われると、むくりと起きあがって伸びをした。


 大あくびをする三人を眺めながら、俺はクスクスと笑みを漏らす。


 魔人すら凌駕りょうがする、神獣である三人も、実態は可愛らしい女の子なんだ。


 フラフラと頭を揺らす様子が、なんとも癒やされる。


 こんな無防備な姿を見られるのが俺だけだと考えると、どこか優越感じみた思いが湧いてくる。


「じゃあ、着替えないとねー」


 クゥが間延びした声で言いながら、パジャマとして着ていた貫頭衣かんとういを、スポン、と脱ぎ捨てた。


 タップン、と豊満な胸が弾み、リボンをあしらった白い下着と、瑞々みずみずしい肌があらわになる。


 俺は笑顔を浮かべたまま、ピキッ、と固まった。


「そうですね、早くご飯にしないといけませんからー」


 ミアも同じくパジャマを脱いで下着姿になる。


 ミアの下着は黒で、面積がとても少ないものだった。楚々そそとしたミアの雰囲気とは真逆、エロティックで刺激的な下着だ。


 ふたりの半裸体はんらたいを目の当たりにして、穏やかな気持ちが一転した。顔がカアッと熱くなり、心臓がバクバクと音を立てる。


「ふふふふたりとも、男の前で着替えたらダメって言ってるだろ!?」

「でも、ご主人さまだからー」

「俺も男だけど!?」

「シルバさまは殿方とのがたですが、わたしたちのあるじですー。『殿方』よりも『主』のほうが優先されるので、着替えても問題ありませんー」

「なに、その謎理論!?」


 慌てふためく俺の胸を、ピピがポンポンと叩く。


「上手く脱げないー。パパ、手伝ってー」


 ピピがパジャマの裾を小翼羽しょうよくう(人間の、親指の先にあたる部分)でつまみ、クイクイと持ち上げている。


 パジャマを脱ごうとしているようだが、羽が引っ掛かってしまうらしい。


 その動作で、白と水色の縞柄しまがらパンツがさらされ、桜色の胸の尖端も、チラチラと覗いていた。


 俺は酸素を求める金魚みたいに口をパクパクさせた。


 見目麗みめうるわしい三人の美少女が、俺の前で下着姿になっている。


 爽やかな朝に不相応なストリップショーに、俺の理性がゴリゴリと削られていく。


 たまらず俺は、ベッドから飛び降りた。


「おおお俺は朝ご飯の支度をする! ピピは、クゥとミアに手伝ってもらってくれぇええええええええええっ!!」


 欲望が爆発する前に、俺は寝室から逃げ出した。




     ○  ○  ○




 朝食を終えたのち、俺たちは冒険者ギルドを訪ねていた。


「今日は、どのクエストを受けるの?」

「やはり討伐系でしょうか?」

「アマツの森で行うのは、それと、それと、それ、だね」


 三人が、掲示板に貼られた依頼書を見繕みつくろいながら、俺にいてくる。


 俺がAランク冒険者に昇格してから、半月が経っていた。


 そのあいだ、俺が受けていたクエストは、すべてBランクのもの。いま、ピピが示しているのもBランクのクエストだ。


 なぜAランクのクエストではなく、Bランクのクエストなのか?


 それは、Aランク以上のクエストには遠出するものが多く、長期に及ぶ可能性も高いからだ。


 冒険者になってから、俺は異例のスピードで昇格してきた。逆説的に言えば、冒険者としての経験が不足しているということだ。


 そんな状態でAランクのクエストに挑むのは無謀だと思い、しばらくBランクのクエストをこなしていたわけだ。


 俺は腕組みをして、まぶたを伏せる。


 経験は積んだ。所持金も充分じゅうぶん貯まった。準備完了と言っていいだろう。


 俺は一度うなずき、目を開ける。


「そろそろAランクのクエストを受けてみようか」

「「「おおっ!」」」


 俺が宣言すると、三人は瞳をキラキラ輝かせ、期待に満ちた声を上げた。


「みんなは大丈夫?」

「もちろん大丈夫だよ!」

「シルバさまが望まれるなら、わたしたちはどのようなことでもお供いたします」

「ん。大賛成」


 クゥが尻尾をブンブン振りながら身を乗り出し、ミアが耳をピコピコさせながら微笑み、ピピがペッタンコな胸を張りながら頷く。


 俺は三人の可愛い仕草に頬をゆるめ、掲示板に目をやった。


「じゃあ、どれにしようかな……」

「シルバさん、ちょっといいですか?」


 依頼書を眺めていると、受付カウンターにいるレティさんから声がかかる。


「シルバさんへの依頼がきているのですが」

「俺への依頼? 指名されたってことですか?」


 レティさんが、「はい」と首肯しゅこうする。


 俺は目を丸くした。


 普通、依頼人は、クエストのランクのみを指定して請負人うけおいにんつのる。個人を指名する場合、冒険者ギルドに払う依頼料が高くつくからだ。


 一体、誰が俺に依頼したんだろう?


 俺が頭をひねっていると、レティさんが依頼書を取り出し、告げた。


「依頼は、王国騎士団からのものです」

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