エピローグ

 ドッペルゲンガーとの戦いで三人が負った傷は、妖精郷の特製ポーションで塞がった。


 さらに、一晩ぐっすり眠り、体力も回復。


 いまは三人とも、すっかり元気を取り戻していた。


「妖精郷を二度も救っていただき、本当にありがとうございます。あなたたちがいなかったら、わたくしたちは魔王軍に取り込まれ、奴隷のように扱われていたことでしょう。どんな言葉でも足りないくらい感謝しているのです」


 女王の間で、玉座から立ち上がったニアヴが、俺たちに深々と腰を折る。


「俺たちのほうこそ、みんなを手当てしてくれてありがとう」

「当然なのです! シルバたちは、もはやわたくしたちの英雄なのですから!」


 顔を上げたニアヴが胸元で拳を握り、身を乗り出して主張する。


 どことなくくすぐったくて、俺は頬をいて苦笑する。


 そんな俺たちを、三人はニコニコ顔で眺めていた。


「シルバ、クゥ、ミア、ピピ。よろしければ、これを受けとってくれませんか?」


 ニアヴが、玉座の隣に置いてある、長方形の木箱を手にとった。


 木箱のなかには、宝石のように輝く花弁があしらわれた、四つの首飾りが並んでいる。


「こちらは『妖精郷ようせいきょう首飾くびかざり』。妖精の加護が込められた、魔法力と魔法耐性を上げる装備品なのです」

「いいのか? 俺たちはもう、『母聖樹の腕輪』をもらっているけど」

「受けとっていただかないと困るのです」


 ニアヴが茶目ちゃめたっぷりにウインクした。


「なにしろ、『妖精郷の首飾り』は、妖精郷への通行証でもあるのですから」

「じゃあ、これがあれば、俺たちは自由に妖精郷に出入りできるってこと?」


 目を丸くする俺に、ニアヴは満面の笑みを見せた。


「わたくしたちのおもてなしは、シルバたちに好評のようですしね」


 ユーモアに満ちたニアヴの発言に、俺はクスッと笑みを漏らす。


「ああ。これからもよろしく、ニアヴ」




     ○  ○  ○




「ほ、本当に、魔公の魔石です!?」


 昼過ぎの冒険者ギルド。


 俺が持ってきた魔石を確認したレティさんが、フラリと倒れこむ。


 倒れてきたレティさんを、俺は慌てて受け止めた。


「ちょ……っ! しっかりしてください、レティさん!」

「はっ! ここはどこ? わたしは誰?」

「マジでしっかりしてください! ここは冒険者ギルドで、あなたは受付嬢のレティさんです!」


 体を揺さぶると、目を覚ましたレティさんはお決まりのセリフを口にした。


 いくらなんでも驚きすぎだ。いや、自分自身、とんでもないことをやってのけたとは思っているけどさ。


 我を取り戻したレティさんは、「ス、スミマセン!」と頬を赤らめて、ワタワタと立ち直る。


「それにしても信じがたい話ですね。どこに行ってしまったのかと心配していたのですが、まさか魔公を討伐していたなんて……」

「レティはご主人さまを信じられないの?」

「ひぃっ!! そそそそんなことはありません! 全幅ぜんぷくの信頼を置いていますぅううううううううううっ!!」


 ああ……このやり取りも久しぶりだなあ。レティさんには申し訳ないけど、なんか落ち着く。


 やたら怖い笑みを浮かべるクゥと、平謝りするレティさんを、俺、ミア、ピピは生温かい目で眺めていた。


「おそらく、シルバさんのランクは一気に上昇するかと思われます。本来、Dランク冒険者が魔公を討伐するなんて、天地がひっくり返ってもあり得ないことですから」


 ペコペコと一頻ひとしきりクゥに頭を下げてから、レティさんが、ピン、と人差し指を立てて説明してきた。


「でも、魔公討伐はクエストじゃないですよね?」

「たしかにそうですが、魔公を討伐した方がDランクのままというのもおかしいですからね。詳しくは、冒険者ギルドの本部と連絡をとってからでないとわかりませんが」


 俺は「なるほど」とうなずく。


「なあ? あいつ、どこまで昇格すると思う?」


 それまで静まり返っていたロビーの冒険者たちが、ヒソヒソと話し合いをはじめる。


「魔公を討伐するくらいだぞ? Sランクに決まってるだろ」

「でもよ? Dランクが一気にSランクに昇格なんて無茶苦茶もいいところだぞ? 二段昇格でBランクが妥当じゃないか?」

「Bランクはショボすぎないかしら? せめてAランクまで上げないと、冒険者ギルドの面子めんつにかかわるわよ?」


 様々な臆測おくそくが飛び交うなか、「まあ」とひとりの冒険者が話をまとめた。


「どこまで昇格するかはわからねぇけど、あいつの実力がSランク以上ってことだけはたしかだよな」




     ○  ○  ○




 結局、俺のランクはAまで昇格した。


 Sランクが相応ふさわしいとの声が大半だったが、


「偉業をなせばSランクになれると勘違いする冒険者が現れるかもしれない」

「無謀を働いた冒険者に死なれたら、冒険者ギルドの責任問題に発展する」


 との意見が挙がったためらしい。


 そう説明してくれたレティさんに、


「レティはそれでいいと思ってるの?」


 とクゥがいつものように詰め寄り、なだめるのに大変苦労した。


 それから一週間後。


「スッゴい広――――――い!!」

「庭もキレイですね」

「お風呂も、ある、よ?」


 俺たち四人は、ハーギスの一等地にある屋敷を訪れていた。


「ご主人さま? ホントにここがボクたちの家になるの?」

「ああ。国王からの報奨だから間違いないよ」


 そう。この屋敷は、今回の魔公討伐の報奨として、ブルート王国の国王から与えられたものなんだ。


 先日、冒険者ギルドに現れた、王都からの使者に、


「魔公討伐の報奨として、あなたの望む品を贈呈ぞうていしたい」


 と告げられたので、


「冒険の拠点となる屋敷が欲しい」


 と答えておいたんだ。


「ですが、わたしたちだけで住むには広すぎませんか?」

「お部屋、たくさん、だよ?」


 屋敷を見回っていたミアとピピが、俺とクゥのいるエントランスホールに戻ってきて、小首をかしげながらいてきた。


 ふたりの質問に、俺は頬をきながら答える。


「俺が前世で助けた動物って、結構いるんだよ」

「ボクたち以外にも?」

「うん。少なくとも一〇匹は」


「だからさ?」と、俺は苦笑した。


「もしかしたら、これからも仲間が増えるんじゃないかと思ったんだ」


 クゥ、ミア、ピピは、俺に恩返しするために、ミズガルドに転生した。


 自惚うぬぼれかもしれないが、三人以外にも、俺に恩返ししようと転生してくれた子がいるんじゃないだろうか?


 もしそういう子がいたら、まず間違いなく、俺に『使役』されたがるだろう。


「そうしたら、みんなで住める広い家が必要だろ?」

「たしかに!」

「つまり、ここはシルバさまとペットわたしたちの家ということですね?」

「ペット仲間、また増える、かも」


 俺の話を理解した三人が、「「「やった♪ やった♪」」」と輪になってクルクル回りはじめる。


 はしゃぎ合う三人を微笑ましく感じつつ、俺は思った。


 クゥ、ミア、ピピがいてくれるだけで充分幸せだけど、できることなら、ほかの子たちとも再会したい。


 だって、神獣たちみんなと過ごす毎日は、これ以上ないくらい楽しいんだから!





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※お知らせ


 第二章は7月29日からスタートします。

 第二章からは月、水、金曜日更新となります。

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