俺は大したやつじゃないが、それでも誰かを助けたい。――10

「死に損ないの分際でまだ楯突たてつくか? 手負いのお前らが俺に敵うはずねぇだろうが!」


 ドッペルゲンガーが吐き捨てるように言って、白虎に『変身』する。


「今度こそトドメ刺してやるよ!!」


 迎え撃つように跳び出したドッペルゲンガーは、明らかにミアよりも速い。傷を負ったミアでは、戦いにすらならないだろう。


 けど、そんなことは百も承知だ!


 俺はタイミングを見計らい、ミアに指示を出す。


『いまだ、ミア!』


 指示を受けたミアが横に跳び退く。


 直後、


「なっ!?」


 きょかれたドッペルゲンガーに回避はままならず、アイスニードルをまともに食らう。


「ぐおぉおおおおおおおおっ!!」


 魔力を一本に絞ることで、氷槍は特大サイズとなっていた。


 彗星すいせいの如き一撃に、ドッペルゲンガーが倒れ伏す。


 俺は内心で喝采かっさいした。


 ミアが真っ向勝負を挑むと見せかけて、本命はクゥのアイスニードル。


 


 いまの奇襲のキモは、ドッペルゲンガーがアイスニードルを避けられない、ギリギリの瞬間を狙うこと。


 そこで俺は、ピピの視界との『同期』によって、俯瞰ふかんから位置関係を把握し、タイミングを計ったんだ。


『ピピ、追い打ちだ!』

「『エアバースト』!」


 ピピが上空から空気の砲弾を撃ち出した。


「調子に乗ってんじゃねぇよ!」


 激昂げきこうしながら、ドッペルゲンガーがゆらりと起きあがり、白虎への『変身』を解除する。


「忘れたのか? 俺はフェンリルに『変身』できるんだぜ? 魔法なんざいくらでも無効化できんだよ!」

「ああ。だろうと思ったよ」

「あ?」


 振り向いたドッペルゲンガーが、ミスリルソードを構えながら突っ込んできた俺を見て、目をいた。


「お前、いつの間に!?」

「いくら魔公と言えど、クゥとピピの魔法は無視できないだろう。!」


 しかも、


「お前が『変身』し直すには、一旦、人型に戻らないといけないんだろう?」


 ここまでの戦闘を振りかえって気付いたことだ。


『変身』状態のドッペルゲンガーは、別の姿に『変身』する際、必ず人型に戻っていた。


 そして、『変身』を解除すれば、ドッペルゲンガーの能力値は


 つまり、


「いまのお前になら、俺の攻撃も通じるだろ!」

「クソがっ!!」


 ドッペルゲンガーが毒づいた直後、ピピのエアバーストが炸裂した。


 当然ながら俺も巻きこまれるが、『母聖樹の腕輪』を用いれば問題ない。


 エアバーストを食らったドッペルゲンガーがよろめく。


「舐め、てんじゃ、ねぇえええええええええええええええええええええええっ!!」


 しかし、歯を食いしばって踏みとどまり、ドッペルゲンガーは右腕に影をまとった。


 ドッペルゲンガーの右腕が、鋭利なやいばに変容する。


 ドッペルゲンガーは、刃になった右腕で俺に貫手ぬきてを放ってきた。


 予想外の事態に俺は瞠目どうもくする。


 まさかピピの魔法に耐えるなんて! マズいぞ、『母聖樹の腕輪』の『無敵化』はすでに切れている!


 俺は切迫感に囚われた。


 このままでは、返り討ちにされてしまう!


「ご主人さま! 自分を信じて!!」


 そのとき、クゥの声援が届き、俺の焦りを払う。


 そうだ。いままで俺は努力してきたじゃないか。


 数えきれないくらい傷付き、数えきれないくらい吐いて、手のひらが血豆だらけになるくらい剣を振ってきた。


 はじめはゴブリンにすら苦戦していたけど、いまではガルムを倒せるまでになった。


 何度も何度もつまずいて、それでも俺は乗り越えてきたじゃないか。


 だから、信じろ。




『今日までの俺』を、信じろ!




 迫るドッペルゲンガーの貫手に、俺はミスリルソードの腹をえ、時計回りにひねった。


 磨き続けてきた剣技。


 横向きの力を加えられた貫手がいなされ、ドッペルゲンガーの体勢が崩れる。


 ドッペルゲンガーが、あり得ないものを見たかのように目をいた。


「ああぁああああああああああっ!!」


 俺は流れるような動きでミスリルソードを振りかぶり、ドッペルゲンガーに袈裟斬けさぎりを放つ。


 斬っ!!


 ドッペルゲンガーの右肩に刃が吸い込まれ、左脇腹へと抜けていった。


 信じられないとばかりに、ドッペルゲンガーが顔を引きつらせる。


「バカな……っ!! 俺が、人族、など……に……!!」


 両断されたドッペルゲンガーの体が灰になり、ザラザラと崩れていく。灰が風に流され、花畑に魔石が転がる。


 俺は肩で息をしながら、その光景を眺めていた。


 勝った……今度こそ、勝った!!


「――っしゃあぁああああああああっ!!」

「ご主人さま!」

「シルバさま!」

「パパ!」


 歓喜の雄叫びを上げる俺に、三人が抱きついてくる。


「やった! やったね!」

「ええ! 魔公を倒しました!」

「パパ、スゴい!」

「みんなのおかげだよ! こんなに傷付いて、それでも戦ってくれて、本当にありがとう!」


 俺はミスリルソードを放り投げて、我がことのように喜ぶ三人を、両腕でひっしと抱きしめた。


 嬉し涙が頬を伝う。


「みんながいたから、勝てたんだ!」

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