俺は大したやつじゃないが、それでも誰かを助けたい。――4

 妖精郷、カメロトの大樹内。

 女王の間に、ふたつの人影があった。


 ひとつは、妖精女王ニアヴィーアのもの。

 そしてもうひとつは、魔公のものだ。


 常闇色とこやみいろの長髪に、深淵色しんえんいろの瞳。

 影をったようなタキシードをまとう、長身痩躯ちょうしんそうくの男だった。


「お前が妖精女王だな?」

「マナーがなってないのです。レディーに話しかけるなら、まずは名乗っていただきたいものです」

「これは失敬」


 キッと眉をつり上げるニアヴィーアに、「クククッ」と魔公がいやらしく笑う。


「俺は魔王直属の七魔公のひとり、『ドッペルゲンガー』。妖精女王、お前に話がある」

「わたくしの領地に無断で侵入した挙げ句、なお不遜ふそんな態度をとるですか。謁見にはしかるべき手順があるのですよ?」

何分なにぶん、ここまで来るのに手間取ってな。そこまで頭が回らなかったんだよ」


 毅然きぜんとした態度を崩さないニアヴィーアに、ドッペルゲンガーはおどけるように肩をすくめた。


 ニアヴィーアから槍のように鋭い視線を向けられても、ドッペルゲンガーは意にも介さず、涼しい顔をしている。


「……話とは、なにですか?」

「魔王軍の旗下きかに加われ、妖精女王。お前たちの生み出すアイテムは、魔王軍にとって有用だ」


 ドッペルゲンガーがニヤリと口端くちはしを歪め、ニアヴィーアに指を突きつけた。


 ニアヴィーアは、はぁ、と嘆息する。


「お断りなのです。あなたは外交官として無能ですね。礼節を学んでから出直しなさい」

「おいおい、なに勘違いしてんだよ」


 にべもなく断ったニアヴィーアを、ドッペルゲンガーがあざける。


「これは『外交』じゃねえ、『命令』だ」


 ドッペルゲンガーの影がうごめき、触手のように、ズルリと起きあがった。


 影の触手には、小柄な人影がいくつも捕らえられている――妖精だ。


 捕らえられた同胞どうほうの姿を見て、ニアヴィーアが瞠目どうもくした。


「お前に断る権利なんざねぇんだよ。イエス以外に選択肢はねぇ。まあ、どうてもイヤってんなら――」


 影の触手が、妖精たちの衣服をビリビリと引き千切った。


 妖精たちが「ひぃっ!!」と引きつった悲鳴を上げる。


 さらけ出された妖精たちの裸体に、影の触手が蛇のように絡みつく。


「こいつらの身も心も汚し尽くされることになるんだが、構わねぇか?」


 ニタニタと嗜虐的しぎゃくてきに笑うドッペルゲンガーに、ニアヴィーアが凍りついた。




 女王の間の壁が砕け散ったのは、そのときだ。




 突如とつじょ響いた轟音に、ドッペルゲンガーとニアヴィーアの視線が引きつけられる。


 もうもうと漂う粉塵のなかから、二振りの刀を握る、猫人族の少女が跳び出した。


「なっ!?」

「はあぁああああああっ!!」


 驚愕に硬直するドッペルゲンガーの脇を、猫人族の少女が駆け抜ける。


 刹那、二振りの刀が閃き、妖精たちを捕らえている影の触手が、バラバラに斬り刻まれた。


「ピピ!」

「ん!」


 男女の声がしたかと思うと、粉塵が豪風にあおられ、一瞬にして晴れる。


 そこに立っていたのは、ミスリル装備に身を固めた、人族の少年と、黒い貫頭衣をまとう、犬人族の少女だ。


「パパ。妖精さん、助けた」


 いつの間にか、女王の間に鳥人族の少女が現れていた。


 鳥人族の少女は、宙を舞いながら人族の少年に声をかける。


 鳥人族の少女の足指あしゆびには、先ほどまで影の触手に捕らえられていた妖精たちが、つかまれていた。


「よし! クゥ、頼む!」

「『アイスニードル』!」


 少年の指示を受け、犬人族の少女が氷魔法を行使した。


 無数の氷槍ひょうそうが放たれ、ドッペルゲンガーを襲う。


 ドッペルゲンガーは、「ちっ」と舌打ちしながら、両腕をクロスさせて防御姿勢をとった。


 氷槍がドッペルゲンガーを吹き飛ばし、勢いそのままに壁をも砕く。


 その光景を呆けるように眺めていたニアヴィーアがフラリと立ち上がり、呟くように少年の名を呼んだ。


「……シルバ」

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