俺は大したやつじゃないが、それでも誰かを助けたい。――5

 神獣形態になったピピの背に乗ってここまで来た俺は、魔公を吹き飛ばし、玉座へと目をやる。


「ニアヴ、無事か!?」


 呆然と立ち尽くすニアヴに問いかけると、彼女の瞳に涙が浮かんだ。


「シルバ!」


 ニアヴが駆けよってきて、俺の胸に跳び込む。


「ケガはないか? 魔公になにかされなかった?」

「ええ、わたくしは大丈夫なのです。シルバが来てくれたから、助かったのです」

「よかった、間に合ったみたいだな」


 ギュッとすがりつくニアヴを、俺は優しく抱きしめた。


「シルバはどうしてここに?」

「アマツの森に魔公が現れたって聞いて、妖精郷が狙われているんじゃないかと思ったんだ。心配になって森のなかを進んでいたら、フォルに助けを求められて、ここまで案内してもらったんだよ」

「そうなのですか……本当にありがとうございます」

「魔公は、なにが目的でニアヴに接触したんだ?」

「魔公――ドッペルゲンガーは、妖精郷のアイテムに目をつけ、わたくしたち妖精を、魔王軍に取り込むつもりだったようです」


 説明を受け、俺は、「そうか」と頷く。


 小刻みに震えるニアヴを安心させるため、抱きしめる腕に一層の力を込めた。


「シルバが来てくれなかったら、わたくしたちはドッペルゲンガーに服従するしかなかったのです。仲間たちも犯されるところでした」


 ニアヴの言葉に俺は絶句する。


 慌てて見やると、ピピに保護された妖精たちが、恐怖に顔を引きつらせながら、我が身をかき抱いていた。


 妖精たちの衣服はビリビリに破れ、肌の大部分がさらされている。


 おそらく、妖精たちを犯すと脅迫し、ニアヴに服従を迫ったのだろう。


 あまりにも卑劣なドッペルゲンガーのやり口に、煮えたぎるような怒りが込み上げてくる。


「ニアヴ、ドッペルゲンガーは俺たちが必ず倒す。だから、もう泣かないでくれ」

「また、あなたたちに頼らなくてはならないのです……わたくしたちは、なんて情けないのでしょう……」


 ニアヴが項垂うなだれて、弱々しい声で謝ってきた。俺たちを巻きこんでしまったことが心苦しいのだろう。


 うつむくニアヴを慰めるため、俺は彼女の頭を優しく撫でた。


「なあ、ニアヴ? この戦いが終わったら、おもてなししてくれよ」


 ニアヴが涙に濡れた瞳で、「え?」と俺を見上げる。


 俺は穏やかに微笑んだ。


「またご馳走ちそうしてほしいし、温泉にも浸かりたいんだ。いいかな?」


 ニアヴが抱く罪悪感の正体は、『不甲斐ふがいなさ』だ。助けてもらうのに、なにもしてあげられない――そう思うからツラいんだ。


 だからこそ、俺は見返りを求めた。


 ニアヴからの恩返しを期待している――そう伝えることで、ギブ&テイクの関係を築き、罪悪感を取り除こうと考えたんだ。


 俺の要求の真意が通じたのか、ニアヴは涙を拭い、笑顔を咲かせた。


「はい! とびっきりのおもてなしをさせていただくのです!」

「ああ! 楽しみにしているよ」


 俺はニアヴの頭をポンポンと撫で、三人に最後の確認をとる。


「みんな、準備はいい?」

「「「もちろん!」」」


 気合いに満ちた返事が心強い。


 俺、クゥ、ミアは、神獣形態となったピピの背に乗り、女王の間の、壁に開けた穴から、空へと飛びだした。


 眼下では、花畑に立つドッペルゲンガーが、こちらを見上げながらニヤニヤ笑いを浮かべている。


 クゥのアイスニードルを食らったにもかかわらず、ドッペルゲンガーの体には傷ひとつなかった。


 ドッペルゲンガーは、これまで戦ってきたモンスターとは次元が異なる化け物だ。戦いは過酷かこく極まるものになるだろう。


 俺は気を引き締め、腹をくくった。


 魔公との決戦が、はじまる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る