前世も現世も挫折人生だが、慕ってくれるひとがいたらしい。――4

 父さんと母さんに冒険者になりたいと伝えると、意外にもすんなりと許してくれた。


 冒険者は大変な職業だから反対されるだろう。そう覚悟していた俺は、肩透かたすかしを食らった気分だった。


 ふたりは夢破れた俺を案じていたらしく、新しい目標に進もうとしたことが嬉しかったらしい。


 父さんと母さんは俺を応援し、餞別せんべつとしてレザーアーマーとロングソードを用意してくれた。木こりの父さんの収入では、決して安くはなかっただろうに。


 ふたりの優しさに涙する俺を、クゥは優しく見守ってくれていた。


 それから俺はファルトを旅立ち、冒険者ギルドがある街へと向かった。


 途中で宿を借りながら、馬車に揺られること一週間。

 ようやく俺とクゥは、冒険者ギルドがある『ハーギス』に到着した。





美味おいしそうな匂いがするよ、ご主人さま!」

「冒険者登録にお金がかかるから、いまは我慢しような」

「はーい」


 俺がかせると、出店でみせから漂う香りに鼻をヒクつかせていたクゥは、手を挙げながら素直に返事した。


 俺とクゥが歩いているのはハーギスの市場いちばだ。


 地面は石畳で舗装され、道のかたわらには魔石灯ませきとうが並び、通りはたくさんのひとでにぎわっている。ファルトとは大違いだ。


「さあ、ついたぞ」

「わーっ! おっきいねー!」


 市場を抜けると、レンガ造りの立派な建物が現れた。

『冒険者ギルド』――これから俺たちがお世話になる施設だ。


 ここから俺の冒険者生活がはじまる。


 期待と不安にゴクリと唾を飲み、俺は冒険者ギルドの扉を開けた。


 扉の向こうはロビーになっていて、たむろする冒険者たちがガヤガヤと雑談していた。まるで酒場みたいだ。


 ギルドに足を踏みいれると、様々な装備に身を固めた冒険者たちが、一斉いっせいにこちらを見やった。


 冒険者たちからは常人じょうじんならざる迫力を感じた。値踏みされるような眼差しに、足がすくみそうになる。


 それでもグッとこらえ、俺はロビーの隣に設けられた受付へと向かう。


「こんにちは。どのようなご用件ですか?」


 対応してくれたのは、茶色いボブカットの、二〇歳前後とおぼしき女性だ。


「冒険者登録をお願いしたいのですが」

「ハッ! お前が冒険者だと?」


 応じた声は目の前の受付嬢からではなく、隣のロビーから聞こえた。


 視線を向けると、丸テーブルに頬杖を突いたスキンヘッドの男が、ニヤニヤと意地の悪い笑みを、ひげだらけの口元に浮かべていた。年の頃は三〇代半ばだろうか?


「『使役』スキル保有者如きがやっていけると思ってんのか? だとしたら笑いものだなあ!」


 スキンヘッド男は、俺の左手にある紋章をさげすみの目で見ていた。

 スキンヘッド男に賛同するように、周りの冒険者たちがゲラゲラと笑う。


「ダ、ダビッドさん、新人さんにそんなこと言ったらダメですよぅ」

「なんだよ、レティちゃん。事実を言ってなにが悪い?」


 受付嬢(レティさんというらしい)がオロオロとしながらたしなめるも、スキンヘッド男(ダビッドというらしい)は聞く耳を持たず、ギシッと椅子をきしませて立ち上がった。


 俺は思わず一歩後退あとずさった。立ち上がったダビッドが、恐ろしく巨大だったからだ。


 中肉中背の俺では見上げるだけで首が痛くなる背丈は、おそらく二メートル以上あるだろう。

 チェインメイルに覆われた体は、鍛え上げられた筋肉で膨張している。さながらゴリラのようだ。


 ダビッドはズンズンと床を鳴らし、俺の目前まで迫ってきた。


 無骨ぶこつな指が俺に突きつけられる。


「Fランクスキルなんざクソの役にも立たないんだぜ? つまり、こいつはクソだ。周りに迷惑しかかけないくせに、やしなってもらうしか能のないゴミクズなんだよ」


 ミズガルドでは、スキルランクによる差別が横行おうこうしている。どうやらダビッドも、低ランクスキル差別派のようだ。


 ニタニタと嘲笑ちょうしょうするダビッドに、俺は歯をきしらせることしかできなかった。


 なぜなら、ダビッドの指摘は間違っていないからだ。俺の『使役』スキルは、劣等スキルの代表格なんだから。


 俺は項垂うなだれて、血が滲むほど拳を握りしめた。


 悔しくてたまらない。


 バカにされたからじゃない。バカにされたのに言い返せない自分の無力さが、死にたいくらい悔しかった。


「嬢ちゃんもよお、こんなゴミは見限って俺と遊ぼうぜ?」


 続くダビッドの言葉に、俺はうつむけいてた顔を跳ね上げた。


 ダビッドが鼻の下を伸ばし、俺の隣に立つクゥに手を伸ばしている。


 カアッと頭に血が上った。


 俺はどれだけバカにされたって構わない。けど、クゥに手を出すことは、たとえ殺されたって許さない!


 俺はダビッドに跳びかかるため、一歩踏みこもうとした。


 寸前、クゥが、伸ばされたダビッドの手首をつかむ。


 メギィッ!


 聞いているこっちが悶絶もんぜつしたくなる音がした。

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