前世も現世も挫折人生だが、慕ってくれるひとがいたらしい。――3

「ご主人さま、もう大丈夫?」

「ああ、クゥのおかげでスッキリしたよ」


 互いを抱きしめながら一頻ひとしきり泣きじゃくったあと、俺とクゥは隣りあい、ベッドに腰かけていた。


 不安そうに見上げるクゥの頭を、俺はいつくしむように撫でる。


「クゥがいなかったら、俺はもうダメだった。なにもかも諦めて、命を捨てていたかもしれない。本当にありがとう」

「ううん。ご主人さまが元気になったなら、ボクも嬉しいよ」


 泣き腫らした目を嬉しそうに細めるクゥに、俺は微笑みを返した。


「思いっ切り泣いて、生まれ変わった気分だよ」


 まるで霧が晴れたような気分だった。どうやら俺の視野は、追い詰められて相当せばまっていたらしい。


 たとえ発現したのがFランクスキルでも、王国騎士団に入れなくても、俺の人生が終わったわけじゃないんだ。


 父さんと母さんが、俺を心配して叱ってくれた。

 クゥが、俺のために泣いてくれた。


 俺には支えてくれるひとがいるじゃないか。なにもないわけじゃないんだ。


 気持ちに余裕ができたからか、いまは冷静に考えられる。


 王国騎士にならなくても、誰かを助けることはできる。

 道なんていくらでもあるんだ。


 大勢のひとに賞賛されなくても、ここに認めてくれるひとがいる。

 大切なものはここにあるんだ。


 そう気付いた俺には、新しい生き方が見えていた。


「なあ、クゥ? 俺、冒険者ぼうけんしゃになるよ」


 冒険者とは、ミズガルドにおける『なんでも屋』だ。


 モンスターがはびこるミズガルドには、一般人では困難な仕事や、騎士団だけでは解決できない事件がたくさんある。

 そんな厄介やっかいごとを、『クエスト』というかたちで引き受けるのが冒険者だ。


 冒険者の収入は不安定で、常に危険と隣り合わせ。決して楽な職業ではない。


 しかし、高ランクの冒険者は優遇されるし、クエストをこなすことは人々を助けることに繋がる。


 いまの俺が選べる職業のなかで、もっとも理想的なんだ。


 俺が新しい目標を掲げると、クゥは、ぱあっとヒマワリみたいな笑顔を咲かせた。


「それじゃあ、ボクを『使役』してよ、ご主人さま! ボク、ご主人さまのお手伝いがしたいっ!」


 クゥに頼み込まれ、俺は「へ?」とマヌケな声を漏らす。


「それは無理じゃないかな?」


 頭をいてしぶっていると、クゥが悲しそうに眉根を寄せ、耳をヘタリと伏せた。


「ボクじゃダメなの?」

「いや、クゥがイヤってわけじゃないんだ! 仲間になってくれるのはスゴく嬉しいし、『使役』できるものならしたいよ!」


 目尻に涙を浮かべるクゥを、俺はワタワタと両手を振りながら必死でなだめる。


「ただ、神獣のクゥを『使役』するのは不可能なんだ」


『使役』はモンスターを従えて仲間にするスキルで、『経験値取得けいけんちしゅとく』・『意思疎通いしそつう』というオプションもついている。


 ただし、『使役』の成功率は極端に低く、モンスターのランクが上がるほどその傾向は強まるんだ。


 つまり、仲間にできるモンスターが低ランクに限られるということ。Eランク以上のモンスターを『使役』できたためしを、俺は聞いたことがない。


『使役』スキルがFランクたる所以ゆえんはそこにあるんだ。


 一応、小動物を『使役』できた事例はあるが、神獣ともなれば格が違う。モンスターのランクで言えば、神獣はSランクちょうに匹敵するのだから。


 そう説明したが、クゥは俺の懸念けねんを吹き飛ばすように、あっけらかんと笑った。


「そんなの問題にもならないよ。ボクはご主人さまに『使役』されたいって思ってるんだから、成功するに決まってるじゃん!」

「そうは言ってもなあ……」


 自信満々のクゥに、どうしたものか、と俺は頬をく。


 頭をひねっていると、クゥは遠出とおでする前日の子どもみたいにワクワクした顔で、俺の腕に抱きついてきた。


 たわわに実った胸がムニュンと腕に押しつけられて、俺の心臓がドキッと跳ねる。


「とにかく試してみよう? 『使役』に回数制限なんてないんでしょ?」

「……ま、まあ、減るものじゃないか」


 突然のスキンシップに動揺した俺は、つい、クゥのお願いを承諾しょうだくしてしまった。


 クゥが破顔して、千切れんばかりに尻尾を振る。


「じゃあ、お願い。ご主人さま」


 まぶたを伏せて、クゥが頭を差し出した。


 期待させて悪いけど、一〇〇パーセント成功しないだろうなあ。


 クゥの落ち込む顔を想像すると、思わず溜め息がもれてしまう。


 どうやってなぐさめようかと考えながら、俺はクゥの頭に左手をかざした。


「『使役』」


 左手の紋章が輝きを放つ。


 すぐにも輝きが消えて、失敗に終わるだろう。


 そう予想する俺の前で、紋章はドンドン輝きを増していった。


「は?」


 俺は間の抜けた声を漏らす。


 紋章から溢れ出した輝きが粒子りゅうしとなり、クゥの首元に集まった。


 カチャッ


 光の粒子が革製かわせいの首輪となる。その首輪は『使役』されたあかしだ。


「う、嘘だろ!?」


 驚愕きょうがくに目をく俺の前で、まぶたを上げたクゥが、ニヘー、と頬をゆるませた。


「ほら、大丈夫だったでしょ?」


 え? マジで? 俺、クゥを『使役』したの? 神獣のあるじになったの? 神獣の『使役』に成功したなんて前代未聞ぜんだいみもんだぞ!?


 いまだにポカンとしている俺の前で、クゥがペタペタと首輪を触っている。


 首輪の存在が嬉しいのか、「やった♪ やった♪」と、クゥは体を揺らしていた。


「これでボク、ご主人さまのペットだね♪」

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