前世も現世も挫折人生だが、慕ってくれるひとがいたらしい。――2

 帰宅すると、父さんと母さんが一目散いちもくさんに駆けよってきて、ひっしと俺を抱きしめた。


 村のはずれにオーガが出現したと聞いて、なにも言わずに出ていった俺を心配してくれたらしい。


 Fランクスキルの紋章を見せても、ふたりは俺を責めようとしなかった。むしろ、勝手に姿を消したことのほうを叱った。


 父さんも母さんも、本心から俺の身を案じてくれている。その思いが伝わり、ささくれ立った心が少しだけ癒やされた。


 ちなみに、俺がつれてきたクゥが神獣だと知ったときは、ふたりとも驚きのあまり腰を抜かしていた。


 そんな騒ぎがあったのち、俺はクゥを自室に案内し、話を聞いていた。


「天国で生まれ変わるのを待ってたら、ディアーネさまが、ご主人さまが異世界に転生したことを教えてくれたんだ」


 ベッドに腰かけるクゥが、椅子に座る俺に、身振り手振りを交えて説明する。


「ずっとご主人さまに恩返ししたかったから、ボクも異世界に行きたいって思ってね? ディアーネさまにお願いしてみたんだ」


「そしたら」と、クゥが人差し指を立て、ディアーネさんのモノマネをした。


「『なんて優しい子なのでしょう! わかりました! 銀二さんのお役に立てるよう、あなたを神獣に転生させてあげますね?』って、ボクをミズガルドに送ってくれたんだよ」


 俺は前世で、何匹かの動物を保護している。

 もともと生き物が好きだったことに加え、傷付いたり処分されそうになったりしている動物たちが、報われない人生を送る自分と重なり、放っておけなかったんだ。


「転生してから随分ずいぶん経って、ひとりでも生きていけるようになったから、ご主人さまを探す旅に出たんだ」

「そうなのか。それにしても、よくシルバおれが小森銀二だってわかったな」

「ディアーネさまが、ご主人さまの魂の波長がわかるようにしてくれたんだよ。ボクはそれを頼りにして、ご主人さまを探していたの」


 なるほど、あの女神さまらしいな。ディアーネさん、お人好ひとよしそうだったし。


「やっと見つけたご主人さまが、オーガに襲われていたときはビックリしたよ! なんとか間に合ったからよかったけど」

「ああ……助かったよ、クゥ。ありがとう」

「……ご主人さま、どうしたの?」


 クゥが耳を伏せ、不安げな顔をする。


「助かったって言ってるのに、全然嬉しそうに見えないよ?」

「……参ったな、クゥにはお見通しなのか」


 俺は自嘲気味に苦笑した。


 クゥに助けられたとき、俺は、心のどこかでこう思ってしまったんだ。


 ――『やっと、挫折人生ざせつじんせいを終えられるところだったのに』って。


「いろいろあって、自暴自棄になっているんだ」

「……なにがあったの?」


 クゥが眉根を寄せて、心配そうに訊いてくる。


「実は――」


 俺はクゥに事情を打ち明けた。


 前世で挫折人生を送ってきたこと。

 人生をやり直すため、ミズガルドに転生させてもらったこと。

 王国騎士団入りを目指して努力してきたこと。

 発現したスキルがFランクで、夢破れたこと。


「それで、生きているのがイヤになってさ。オーガに襲われたとき、『このまま死んだほうが楽になる』って思ったんだ」


 俺は「はは」と乾いた笑みを漏らし、頭をいた。


「ゴメンな。せっかく助けてもらったのに、こんな情けないやつで」


 申し訳なかった。


 わざわざクゥが恩返しにきてくれたのに、俺は生きることを諦めていた。罵倒ばとうされても文句が言えないていたらくだ。


 こんな俺に、クゥはどう思うだろう?

 失望するだろうか?

 怒り心頭しんとうはっするだろうか?

 転生したことをいるだろうか?


 様々な反応を思い描き、しかし、俺の予想はどれもが外れた。


「クゥ? どうして泣いているんだ?」


 クゥは、ガーネットの瞳から大粒の涙をボロボロとこぼしはじめたんだ。


「だって、ご主人さまは子どもの頃からずっとずっと頑張ってきたんでしょ!?」


 狼狽うろたえる俺を前に、グズグズと鼻を鳴らしながら、クゥがしゃくり上げる。


、頑張ってきたんでしょ!?」


 俺は目を見開いた。

 誰にも明かさなかった俺の本心を、クゥが見透かしたからだ。


「な、なんで、わかったんだ? 俺は、自分が認められるために努力してきたとしか言ってないのに……」

「わかるよっ! ご主人さまはボクを助けてくれたんだもんっ! 誰かに手を差し伸べられる優しいひとなんだもんっ!」


 俺は息をのむ。


 クゥの言うとおり、俺が王国騎士を目指したのは、賞賛を得たいから


 ミズガルドでは毎年、モンスターによる死亡事故が発生するのだが、その被害者は圧倒的に、低ランクスキル保有者が多い。

 なにしろ、低ランクスキルは有用性が低く、戦闘には不向きなのだから。


 低ランクスキル保有者が社会に貢献できるケースは少ない。それどころか、お荷物と揶揄やゆされる始末だ。


 それでも生きている。周りからさげすまれ、自分の無力をなげきながら、日々を必死に生きているんだ。


 あんまりじゃないか。ただでさえ報われないのに、物狂ものぐるいで生きているのに、モンスターに殺されるなんてひどすぎるじゃないか。


 彼らの人生なんて無意味だと嘲笑あざわらわれているみたいで、許せるはずないじゃないか!


 だからこそ、俺は王国騎士を目指したんだ。前世の俺のように、報われない日々を送るひとたちを助けたいから。


 いくら傷付いても、何度吐こうとも、手のひらが血豆だらけになっても、頑張ってきたんだ。


「ご主人さまはみんなを助けようとしているんだっ! そのために頑張ってきたんだっ! 報われないといけないんだっ!!」


 泣きわめくクゥを見て、胸にストンと落ちる感覚を得た。


 クゥは理解してくれているんだ。俺の代わりに怒ってくれているんだ。俺のために泣いてくれているんだ。




 俺の人生を認めてくれるひとは、ここにいたんだ。




 途端とたん、俺の視界がぼやけた。


 Fランクスキルが発現したときも、

 王国騎士団入りの夢が途絶とだえたときも、

 オーガに殺される寸前でさえも、


 決して流れなかった涙が、溢れ出した。


「クゥ……っ」


 たまらず、俺はわんわんと大声で泣き続けるクゥを抱きしめた。


「ありがとう……っ! 俺のために泣いてくれて、俺のことを理解してくれて、俺の努力を認めてくれて、ありがとう……っ」


 腕に収めた温もりが、ひどく優しかった。


「きみがいてくれて、よかった……っ」

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