第101話 スローライフは続く 【最終話】

あと数日で年を越すという年末のある日


「今日はまたすごく雪が降ってる」


 窓の外を見ながらリズが言う。


「じゃあ、店は休みにするか」


 そう言うと早々にBARの札をCLOSEDにするグレイ。


 部屋で2人でくつろいでいるとオーブが光り、エニスの顔が浮かび上がってきた。


「やぁ、グレイ、リズ。元気かい?」


「大雪で商売上がったりだよ」


 グレイが答えるとオーブの向こうで笑い顔になるエニス。


「マリアはいないの?」


 リズがエニスに声をかけると、


「うん、ちょっとね。それでさ、今日はたまたま午後から何もなくて家にいるんだけど、よかったら今から2人でこっちに来ない?」


 突然のエニスの話に2人顔を見合わせて、


「また面倒な話じゃないだろうな?」


 とグレイが言うと、オーブの向こうで大きくてを振って、


「全然。そんな話じゃないから。それで来られる?」


「今からでも行けるよ」


「じゃあ待ってる」


 オーブの光が消えると、ローブを身につけて庭に出る2人。


「何の話かしら」


「さぁ。ただ暇だったから話相手に呼んだってこともあるぜ、エニスならやりかねないからな」


 そう言って移動魔法で貴族街の入り口に飛んだ2人。商業区と貴族区の間にある詰所には常時衛兵がつめているが、グレイもリズも有名人でしかもエニスとは勇者パーティで仲間だったので衛兵も2人を見るとすぐにゲートを上げる。


 そのまま綺麗に雪かきされている通りを歩いて貴族区の奥の一番大きな建物に近づくとそこの門の詰所から衛兵が出てきたが、話が通っていたのか2人を見ると門を開けて、


「お二人が来られることは伺っておりますのでどうぞ」


「ありがとう」


 そうして領主の館に入ると玄関で雪をはらい、それから執事について居住棟の方に案内される。


「やぁ、雪の中ご苦労様」


 案内された部屋は住居部分にある応接間で、立派な応接間にはエニスとマリアが座って2人を待っていた。そして2人以外にケリーもそこに座っている。

まさかケリーがいるとは思わなかったのでグレイは思わず


「あれ?ケリー」


「あれ?じゃないでしょ?」


 挨拶をして勧められるままにソファに座る2人。すぐに給仕が熱い飲み物と軽食を持ってきてそのまま部屋から出ていった。給仕が出ていくとリズがケリーに、


「ケリーも暇だからきたの?」


「暇とかじゃなくてさ、エニスのところから使いの人が来たのよ。館まで来てくれって。あんた達のほんの少し前にここに来たところ」


「そうなんだ」


「それで俺達3人をここに呼んだってのは? まさかまたややこしい話じゃないんだろうな?」


 グレイがエニスに顔を向けると、エニスが3人を見て、


「ややこしい話じゃないよ。実はしばらくマリアがダンジョン攻略できなくなるんだよ。その話を皆にしておこうと思ってさ」


 その話を聞いたリズとケリーはすぐにピンときた様だ。

グレイは全然話がわからないので納得顔をしている2人を見て


「何の話だ?」


「まぁグレイならピンと来ないわね。リズと私はすぐにわかったわよ」


 そう言うとマリアを見て、


「いつ頃なの?」


「次の秋頃だって」


 そこまで話が進むとようやくグレイにも理解できた。


「そうか。おめでたか。そりゃよかったじゃないの」


 リズとケリーにワンテンポ遅れてお祝いを言うグレイ。


「それでマリア。実家に帰って産むの?」


 リズがマリアに聞くと、代わりにエニスが


「俺も実家に帰ったらどうだ?と言ったんだけどさ。マリアがこのエイラートで産みたいって言ってるんだ」


 そう言うとマリアが続ける。


「実家に帰っても暇でしょ?知り合いも少ないし。妊娠なんて病気じゃないんだから安静にしとけばいいし、となるとここエイラートの方がずっと気楽に過ごせるしね。しかもここの雪、春まで移動は無理だしそうなるともうこっちの方がいいわよ」


「それでご両親はオッケーしたのか?」


 グレイも聞く。


「最初はすぐにでも帰って来いって言ってたらしいんだけどさ、マリアも頑なにここで産むって言って、大雪の中移動するの?って言ったらさ向こうが折れてエイラートで産むことにしたんだけど。春になるとマリアの母親がここに来くることになった。俺は仕事でエイラートを長期間離れることはできないからマリアがここで産んでくれるってのは歓迎なんだけどね」


 やりとりを聞きながらリズもケリーもマリアはエニスのそばにいたいからそう言っているんだろうと思った。


「そうなんだ。おめでとう。いつ発表するの?」


 リズの問いにはエニスが、


「年が明けてからを考えている。マリアの調子が安定するまでは余り周囲には言わずにいておこうと思っていたのさ」


「それがいいわね。この街に住んでいる貴族連中の挨拶なんて勘弁して欲しいわよね」


 ケリーがズバリとエニスの胸の内を言い当てる。


「いや、全くその通りでね。とは言っても3人にはちゃんと言っておこうと思ってさ」


「わざわざ知らせてくれてありがとう。そう言うことならこっちも無理は言わないよ。エニスも大変だろうからスキル上げとダンジョン攻略はこの3人と時々クレインでやっておくよ」


 グレイがそう言うとエニスが慌てて、


「ちょっと待ってよ。俺が産む訳じゃないしさ。タイミングが合えば俺も出るからちゃんと声をかけてくれよ」


 そう言ったエニスの後からマリアが、


「うん。私からもお願い。みんなとダンジョン攻略するってのは領主のエニスにとっても良い気分転換になってるの。だから今まで通りでお願いするわ」


「マリアが良いって言うなら問題ないな」


「無いわね」


 そうしてしばらく館で雑談をしてから3人は館を出て最初にケリーを家に飛ばして、それから自宅に戻ってきた。



 年が明けると領主の奥方のマリアの懐妊が発表された。エイラートの街は領主の奥方の懐妊のニュースに湧き立ち、真冬だというのに大勢の人が街に繰り出しては懐妊をお祝いした。 


 グレイとリズも真冬に特別に市が立った日に街に繰り出して市民や冒険者と一緒になって領主の奥方の懐妊を祝い、広場で踊る人達を見たり、露天で買い物をしたりして真冬の1日を大いに楽しんでいた。


 市場を回って休憩しようと静かな喫茶店に入ってジュースを飲んでいる時、


「赤ちゃんか…」


 ぽつりと呟くリズ。グレイはリズの顔を見て、


「リズも欲しいのかい?」


 その言葉にしばらく考えてて、リズは


「欲しくないって言えば嘘になるんだけど。でもねもうちょっと、もう少しの間グレイとこんな風に2人だけで過ごしたいの」


 そう言ってから顔を上げるリズ。


「いい?」


「もちろんさ。俺もそう思ってたから」


「本当?」


「本当さ」


 そう言ってからテーブルから立ち上がるとリズの手を取って


「じゃあ2人で冬の市を楽しみに行こうぜ」


「うん」




【完】

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魔王を倒して勇者パーティが解散になって田舎でスローライフしてたらスキルアップして大賢者になった。 花屋敷 @Semboku

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