第100話 サラ工房 その3

 2週間後、綺麗に雪かきをされた通りを歩く3人の姿があった。

通りから細い路地に入っていくが、そこも綺麗に雪かきがされている。


「冒険者と役所、いい仕事するわね」


 ケリーが綺麗な地面に視線を落とし、続けて


「これって例のスラム案件絡みなの?グレイ」


「おそらくな。どう言う区分けをしてるかまでは知らないがギルドと役所の両方で決められた区分の場所をしてるんだろう。歩きやすくて助かるよ」


 3人が路地の突き当たりを曲がると『杖、ワンド作成 サラ工房』の看板が目に入ってきた。ここだと言ってドアを開けるグレイ、この前と同じくドアにつけてある鈴が鳴ると奥からサラが作業着の格好で出てきた。3人を見ると微笑んで、


「いらっしゃい、出来てるよ」


 挨拶した3人はサラに続いて奥の工房に入る。

先に工房に入っていたサラが作業台に向かって歩いていくその作業台の上には3本の杖が乗っていた。


「これだよ。グレイとリズがいい埋れ木を持ってきてくれたからおかげでいい杖ができたよ。3本共私の会心の出来だね」


 そう言うとこれはリズ、これはケリー、そしてこれがグレイだとそれぞれに杖を手渡す。


「凄い」


 杖を手に取った瞬間に声を上げるケリー。リズも手に取ると、


「握った時にすごくしっくりくるわ、しかもすごく軽い」


「本当だな」


 グレイも感心しきりだ。


 3本の杖は一般の魔法を使うジョブの者が持つ杖とは若干形状が異なっていて、杖の頭は埋れ木を綺麗に削ったのか3重の渦状になっている。そこから握る部分を含めて上半分はほぼ同じ太さになっていてそこから先端に向かってほんの少し細くなっているがパッと見た目にはわからない程だ。


 渦状になっているところは綺麗に模様が彫られている。そうして杖全体が艶光している。何かの樹木の液体を浸して乾かしたのか濃い茶色の落ち着いた色になっている。


 リズも言っているが杖を持つと、見た目よりもずっと軽い。軽いがかなりの強度があることがわかる。3人が喜んでいるのを微笑んで見ているサラ。

 

「太さは大丈夫かい?握りにくいのなら少し削るよ?」


「いえ、ちょうどいい感じです」


「私も」


 サラの言葉に問題ないと答える2人。


「俺もちょうどいい感じだ」


 3人の答えに満足げにうなずくサラ。


「あんた達はむやみに人に言いふらしたりしないだろうから教えてあげるよ。私が会得した新しいスキルてのはね、それを使って杖、ワンドを作るとそれを持った術者の魔法の威力をアップさせるってモノなんだよ」


「そりゃまた凄いスキルだな」


 想像していた以上のスキルにびっくりするグレイ。


「その3本の杖には工程の最初から最後までそのスキルを注いで作ってある」


「それって体にかかる負担、すごくないです?」


 ケリーが心配して言うと、


「魔法のスキルと違って技術のスキルってのはそれほど疲れないんだよ」


 そして続けて


「リズは回復、治癒、神聖、ひょっとしたら強化もかな? 使う魔法の種類によって杖を使い分けることがあるだろう?」


「ええ。なので戦闘中は最初は強化の杖で、その後は回復の杖を持ちっぱなしですね」


 話を振られたリズがサラを見て頷いて返事する。ランクSになると回復の効果の高い杖を持って治癒を行ってもほぼ問題はないが、それでも魔法専用の杖を使う方が効果がいいというのは経験上で理解していた。


「これからはこの1本で全ていける。さっきも言ったけど術者の念じる魔力の効果、威力をアップさせるから、神聖と念じて使えば神聖スキルがアップし、回復と念じて使えば回復魔法のスキルがアップする」


「それって魔法士なら誰でも欲しがるんじゃない?1本で全て済むなんて、今までそんな杖はなかったもの」


 ケリーが心底びっくりした表情になった。彼女は学院でも魔法の種類に合わせた杖を持つと効果が大きくなると教えているが、目の前の杖を見るとその考えが根本から崩れてきていた。


「その為に全ての工程に新しいスキルを注ぎ込みながら作ったのさ。ランクSの元勇者パーティならその杖を持つ資格があるしね。あんた達だからだよ。これから作る杖はここまでスキルを込めて作るつもりはないね」


 そこで言葉を切るサラ。どうして?という表情をする3人を見ながらサラは頭の中で次の言葉を考え整理してから口にする。


「武器や防具は使うものであって使われるものじゃないと私が思ってるからだよ」


 きょとんとしている3人に、


「あんた達は魔王を倒しても日々鍛錬をしてそうしてもう1段、いやもう2、3段高みに登っていっている。装備や防具じゃなくて自分自身を鍛えたからだ。そうだろ?」


 うなずく3人。


「この杖をランクA以下の冒険者が持つとどうなると思う?」

 

 サラが言うとケリーがわかったと後を続けて、


「この杖の威力で自分が強くなったと勘違いしてしまってそこから伸びないってことね」


「その通り」


 ケリーの回答に満足して大きくうなずくサラ。


「武器や防具ってのは強いのを持つのはいいことだけど、それに頼ってしまうとその冒険者のレベルはそこで止まってしまう。なので私はあんた達3人以外にはこういう杖を作る気はないのさ。杖、ワンドはあくまで道具。使いこなす人が一番大事なんだよ」


 サラの言葉に納得する3人。

 金儲けだけを考えたらこの杖と同じ杖を作れば間違いなく飛ぶ様に売れるだろう。でも目の前にいる職人はあくまで冒険者目線で杖やワンドを作ろうとしている。


 聞いていたグレイはサラの言葉に感動すら覚えていた。


「なるほど。聞いていてすごく納得したよ」


「大賢者グレイに認めてもらったかい。じゃあ私も一人前かな?」


 サラがおどけて言うとリズが首を振り、


「いいえ。一人前じゃないです。もっと上の超一流の職人さんです」


 リズの言葉にその通りねとケリーも言う。


「本当にありがとう」


 そう言ってグレイが礼を言うと、リズとケリーも同じ様に頭を下げる。


 その後3本の杖の代金、サラが言った値段は安すぎたので3人は納得せずに結局サラの言った代金の3倍の代金をそれぞれ支払った。


 店を出る時にリズが、


「またちょくちょくお邪魔してもいいですか?」


「もちろんさ。あんた達ならいつでも歓迎だよ」


 サラの言葉を聞いて外に出た3人。ケリーは杖の試し打ちをしたくてたまらなさそうな顔をしていたのでそのまま西の森に飛んでいく。


 最初に強化魔法をかけたリズが


「凄いわ。1割、ううん2割ほど強くなってる」


 そして精霊魔法を撃ったケリーも


「本当ね。これ2割はアップしてるわよ」


 グレイも空を飛んで見たり精霊魔法を撃ってみたりして地上に降りると


「間違いなく2割はアップしてるな。それにしても凄い杖だ。持ちやすいし軽くて丈夫だ。当然だけど魔法の伝達ロスも全くない」


 西の森で数時間杖を使ってスキル上げをした3人はその結果に大満足してエイラートに戻ってきた。


 グレイの家で3人で夕食をとりながら、


「まだまだ知らない事って多いよね」


「本当よね。ああやって一途にやってるその道の職人さんって尊敬するわ」


「信念を持っていてそれを貫いてたな」


 一般には魔獣と戦闘をする冒険者のみが注目されることが多いが、その裏には冒険者のために様々な人が関わっている。そう言う人のことを決して蔑ろにしてはいけないと3人は改めて思った。


 その後しばらくすると大賢者、聖僧侶、超精霊士が見たこともない杖を持っていること、その杖がダンジョンの宝箱からではなくエイラートの工房から手に入れたという話がエイラートの冒険者の間に広がっていった。


 ランクSの3人が肌身離さず持っている杖の製造元であるサラ工房の名前は冒険者の中に浸透していったが、工房主のサラは杖の制作については杖やワンドを持つ冒険者の資質にこだわり、それがまた工房の名を高めていくことになる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る