「なんにでもなれるよ。」
いつもより重たくなっている瞼を開けると、白い天井が見えた。たぶん、きっと、自分の部屋でないことは確かで。ここはどこだろうか、とこれまたいつもより重い体を起こす。部屋は痛いくらいの白で彩られていて、なんだかクラクラとする。
窓の外を見れば、どこまでも青く透き通った空が広がっている。青くて、自由で、広くて、なんにでもなれるような、そんな空が。
「………あれ?」
ぽつり、ぽつり、と手の甲に水が落ちてくる。雨漏り、ではなさそうだ。自分の視界がゆらいで、輪郭がぼやけていくから。とめどなくあふれてくるものをとめる術はなく。ただただ、あふれていく。
胸の端っこが痛むようで、なんだか忘れていることがあるみたいにもやもやしている。どうしてだろう。考えたって、理由が思いつくこともない。なにも、なにもないはずなのに。
「なんで?」
ぽつりとこぼす言葉に対して答えが返ってくるはずもなく。静かに言葉が、音が、溶けていくだけだ。今までは、答えが、言葉が、返ってきていたような気もする。そんなはずはないのに。だって、ここには誰もいない。誰もいないのに。
ぼろぼろとこぼれていく水を手の甲で受け止めながら、ぼんやりとどこか懐かしさを感じる青を見ていた。
□□□
気づけば、辺りはオレンジ色に染まっていた。ずいぶんと時間が経ったようだ。この部屋には時計もなければ、テレビもなかった。今は何時なのかもわからない。ただ目覚めた時よりは時間が経っているだろうという推測だけ。
止まることはないと思っていたはずの水も、もう落ちなくなり、目の周りは乾いている。逆に手の甲はべしょべしょだ。なんでこんなになったのかはわからないまま、外を眺めた。
廊下をバタバタと走る音がする。なんだか騒がしいような声も。こっちに近づいてきてる?
「――!」
ガラガラ!
乱暴に扉が開けられる。長い髪をひっつめた姿は初めて見たかもしれない。いつもきれいで冷たいイメージのある人が、こんな慌てた様子なのは。天地がひっくり返るんじゃなかろうか。はあはあ、と息をきらして私に近づいてくる。手を振り上げて――――。
瞬間、殴られるんじゃないかと思った。
「今までどこに行ってたの!心配したんだから……!」
優しく、それでいて力強く抱きしめられた。ぼろぼろと泣いている。
いつの間にか来ていたお父さんも、一緒に抱きしめてくる。二人も力強くてあったかかった。私はこれを受け入れていいのかわからずにいる。手はそのままで、動かさないでいた。
温度を感じながら、どこかそれを他人事で見ながら思う。
――――ああ、こんなに世界は優しかったのだろうか。
「ぼくらはなんにでもなれるよ。」
誰かの声が響いた気がした。
したいのぼくら 武田修一 @syu00123
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