第9話 隠れ家
女性の案内を受け、先ほど襲い掛かられた集落から離れた場所にやってきた。彼女の言う通り、道中、だんだんと建物の数がだんだんと減っていき、女性の言った話が真実であると蒼に予感させる。
沖の鳥島は外界から隔離されたおそろしきものが閉じ込められているという話だった。しかし、女性の家だというその建物は、大きな門の中と、中にある大きな和風の屋敷、そして表札にある食事処という文字を見れば、そこが単なる住宅ではないことに疑いようはない。
蒼は最初見た時、その存在があることに首を傾げたものの、今は紅を休ませ、様子を見ることを優先することに。
女性の案内に従い、畳の部屋がある客室へ入った。女性はもてなしの準備があると告げて一度奥へと姿を消す。
蒼は、部屋にあらかじめ準備されている布団を敷き、紅をそこに寝かせようとした。
(ん。だいぶ汗をかいている。このまま寝かせてしまったら居心地が悪そうだな……)
本人の許可を得ることなく、服を脱がせるのはいかがなものかと蒼は思ったが、今は少しでも紅の回復を優先したいとも思っている。
「失礼」
蒼はあらかじめ懐に隠していた布を出し、その布に呪術をかける。
「水行――
布が、温かい水にしばらくつけて絞った後の湿り気を持つ状態へと変化する。呪術は戦い術として開発されてはいるが、このように日常生活にも役に立つ術も数多く存在する。
紅が着させられている服には、着た者を弱体化させる呪いがかけられ、さらにその服が本人の意思で取り外しができないよう封印処理もされていた。しかし蒼炎を遣えば、どれだけ強力な呪術でも、燃やすことでその効果を消すことができる。
「強力な術だな……蒼炎で無効化するのに十秒以上かかるなんて」
紅にかけられていた呪いは強く、蒼炎で五秒以上燃やさないと解けない術だった。それほど時間がかかるところを蒼は初めて見る。
(御門家の中でも力がある者が施した封印ということだな)
誰が、というのはここで考えても出てこない。
しかし、紅を封印していた術の強さと、他の穢堕――『アオ』と読み、ケガレオチという言葉を使いたくない律が使うケガレオチのもう一つの呼び方。一般的にこの呼び方は普及していない――が紅のように封印されていないことから、律のお偉方がいかに紅を危険視していたかが窺えるというものだ。
温かい布で紅の汗を拭いてあげながら、そのようなことを考えていた。
その途中、その思考は突然乱される。
「あ……」
ふんわりとした感触は決して拭き布の感触ではない。手首が彼女の胸に当たる。
最後に会ったのはまだ成長期の途中だったころだ。最初、見た目はあまり変わりないように見えたが、紅はきちんと体が成熟できるほどには、栄養は与えられていたらしい。実験道具に使われていた可能性が高いとは言え、紅を生かしてくれたその点においては、その幸運に感謝するべきだろう。
「美しくなったね。……紅」
蒼は慣れた様子で彼女の清めを終えると再び服を着せて、布団に寝かせた。
気のせいか、そうではないかは定かにはならないものの、紅の表情が少し楽になったように見える。
蒼はそれを確認して一安心し、穏やかに寝息を立てる彼女をじっと見守る。
「あなたも、少し休まれてはいかがですか?」
女性が戻ってきた。蒼は紅を寝かせてあげるという目的を達したため、意識を切り替えることができる。女性もちょうど服装を変え、恐らく宿屋のもとと思われる服で身を包んでいた。
「ここは、大きい家ですね」
「私のように正気を保っていると、島に監禁されている現状、娯楽が本当に少ないのですよ。月に一度、御門様が私たちを生かすための物資を運び入れるのですが、それを使ってお料理をするのが数少ない楽しみの一つですよ。数少ないですが、いつか島を人間として出ることを夢見る同胞と時々食卓を囲むのです。後ほど御馳走致しますね」
「それは、紅が目覚めた後で……。少し時間もあります。この客間を貸して頂いた返礼としようかと」
「であれば、貴方のことを教えてもらうのです。まずは私の自己紹介から。私は五年ほど前にこの島に連れてこられました。人間としての名は、水野詩音です。私は、少女の姿をしたアイに目を付けられ、この怪しげな文様を刻まれました」
「少女……」
ふと蘇る記憶。少女の姿をしたアイは、かつて出会ったことがある。
(いや、まさかな)
蒼は雑念を取り払い、そして今度は自分の自己紹介を始めた。
「私は蒼。名字はありません。昔からこの名前のみを与えられ、貴宮の家の近衛として働いておりました」
「貴宮……律の中でもエリート集団ですね。それほどの貴方が……そこの彼女を?」
「全て、事情をお話いたします」
蒼はこれまでのいきさつを、彼女に語り始めた。
これは紅を助けてもらった返礼である。故にできる限り隠し事はせず、今の蒼が置かれている状況も、紅との馴れ初めも、いろいろと彼女に話をした。
紅は一向に起きる気配はなく、気づけば長い間を話していたことに気が付き、蒼は少し紅のことになると熱が入ってしまうことを恥じたが、詩音はそれに異を唱えず、むしろ微笑ましく耳を傾けていた。
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