第8話 共生の光明

 蒼は深呼吸をして、敵を見た。

 自分を敵視しているおそろしきものから、呪術による攻撃を受ける蒼。敵は黒い球体を出してそれを投げつけてくる。一見ボールにも見える可愛げのありそうな攻撃だが、当たればその場で爆発を起こす爆弾と同じだ。

 蒼は臆さず、その黒い球体を意に介さず敵に向かって走り行く。

 当然自分に向けられた攻撃であるからには、その攻撃が当たることもある。しかし蒼に触れた瞬間、黒い球体は形を失い、霧散した。

 穢れを浄化する蒼い炎、その使い手である蒼には低級の呪術はそもそも通じない。届くことなく浄化される。これは、蒼の常に見えない蒼炎の力が守護している効果だ。蒼炎は主が敵とみなした呪いを燃やし尽くす。

 もちろん便利なばかりではない。蒼炎の使い手はこの守護を得る代わりに、自分から呪いを飛ばすことはできない。呪術を発生させることはできるものの、それを今の敵のように相手に放とうとしても、途中で蒼炎がそれを燃やしつくしてしまう。

 だからこそ蒼は剣技を磨いた。己の腰に吊っている日本刀は飾りではなく、刀とこの蒼炎こそが、蒼にとっての武器である。

 数々の黒い攻撃を突破して、いよいよケガレオチとなったらしい襲撃者を目の前にする。

 狂ってしまってもう戻らない。

 慈悲を差し上げてほしい。

 先ほどの女性が言った言葉を思い出す。

 蒼は律の一員として多くのおそろしきものと戦ってきた。その全員が目の前の敵のように、人間を殺したい衝動に身を任せていた。

 おそろしきものは誰であれ人間にとって脅威だ。滅ぼさなければならない。

蒼の中には、これまで律の中で培ってきた、価値観がまだ存在していた。

 紅のことがなければ先ほど出会った女性も即斬っていたに違いない。おそろしきものは滅ぼさなければならないからだ。

 紅を背負っていたことでその思考を待つことができた。そしておそろしきものとなった女性を話すことができた蒼は、不思議な感想を抱いていた。

 狂っていると言った。左腕の衝動を右手で押さえていた。彼女は未だに人間であろうとしていた。もう人間に戻ることはなく、命を狙われ続ける事実を受け止めながら。

 対して目の前の獣のように吠える者どもはどうだ。確かに彼女から見れば狂っていると評されても納得がいく。

 一人が前に出て、蒼に殴りかかる。

 蒼はそれを受け流して、相手の顔を張り手で潰した。

 群れを成し、襲い掛かってくる狂人たちには、女性のような理性が感じられない。ただ殺人の衝動に身を任せ暴力を振るっている。

(双方違う。目の前の敵と、あの女性は。おそろしきものとなっても、人間と共存できる可能性を持つ者もいる。対しこいつらは、殺すべき敵だ)

 衝動に任せた暴力は武力とは言わない。そこには本能に従って何の理もなく放たれる力しかない。

 紅の告白を受けた頃に比べれば、蒼は比べ物にならない。

 狙いも甘く、考えも浅く、まるで猛獣が得物をしとめるかのように襲い掛かる敵、それがたとえ十人以上居たとしても、後れを取ることはない。

 疾風のごとく駆け、磨き上げた技術によって完成される、流麗な身のこなしからは想像もできない、全身の勢いをうまく乗せた打撃で敵を倒す。

 この程度の敵であれば、蒼に負ける理由を見つけろと言う方が困難だった。

「アアアア……」

 最後の一人は念入りに、頭を狙い確実に敵を止める正拳突き。

 蒼を狙った敵はほぼ全員、その場で倒れ動かなくなった。

 蒼は目を閉じ、周りの気配を探る。

(アイの気を感じる。どうやら今の戦いが見られていたようだ……)

 このまま自分に敵意を向ける全員を相手していると、かなり時間がかかってしまう。

「あの」

 後ろで紅を見てくれていた女性に、蒼は声を掛けた。

「この辺りに、身を隠せるようなところは。そこで様子見を」

「え、ああ。それならば紅さんと一緒に私にお家に来てください。訳あってこの辺りの平屋よりは広いですし、少し外れの方にありますから普段は誰も寄り付きません」

「よいのですか?」

「ええ。行きましょう。これも何かの縁。私は、ケガレオチとなったこの方を助けるあなたにも興味がありますから。謝礼は、その話を少しいただければ」

 人に聞かせるような話ではないのだが、絶対に話したくない内容でもない。蒼にとって今一番大切なのは紅を休ませること。少しの苦労は天秤にかければつり合いは紅の安全を確保することに傾く。

「分かりました。紅は私が背負いますので、案内をよろしくお願いします」

「はい。こちらへ」

 女性が早歩きで歩き出す。確かに方向は家が多くある道とは少し外れそうだった。蒼は紅を再び背負い、彼女を追って歩き出す。

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