第6話 刺客

 太平洋上を進む一つの船。

 一見すると砲台、その他いくつかの軍用装備があるところを見ると軍事用の船に見えるが、これは決して軍艦ではない。

 この時代、おそろしきものは海上であっても徒党を組み、海賊船を使って海上戦を仕掛けてくることがある。故に海上を進むあらゆる乗り物は、敵の攻撃を迎撃するためのシステムを搭載することは義務となっている。

 この船は本来、船旅を楽しむ客船の一つだ。豪華客船と宣言するには少し迫力が足りないものの、人を百人近く収容するには十分な広さをもっていた。

 現在これをまるまる律が貸し切りで使っている。

律は海上戦力も保有しているものの、今回船内に入った律の隊員が請け負った任務は、律の中でも限られた人間のみに知らせら、遂行される秘密の任務であり、それに律公式の船を動かすわけにはいかなかったという事情がある。

 律の隊員にとっても非常に退屈な任務であり、彼らを労うためにも、今回の任務の指揮を務める作戦隊長がわざわざ設備の良い船を借りているのだ。

 現在、沖ノ鳥へと向かっている船の中では、隊員が任務を前に羽を伸ばしている。

 そしてそれを許している作戦隊長は、自分の個室として用意された執務室で自分の席に座り、近くに待機させている近衛の男、そして作戦の要を務める幹部二名と話をしていた。

「黄。お前、嬉しそうじゃないか?」

 主から呼ばれた近衛は、主である貴宮仁の呼びかけに反応する。

 黄は今回、近衛として主の護衛以上の意味を、この任務に見出していた。

 彼らへ、律の最高権力者である御門から出された任務は一つ。

『隊員の一人。名前は蒼。立ち入りを禁じられている島へ侵入し、紅の封印を解除した罪あり。紅、並びに蒼の命の如何は問わない。また、島の実験体は皆処分すること』

 黄はこの任務書きの中にある蒼という名前にただならぬ縁がある。

「自分の家族から裏切り者が出たことがそんなにおもしろいか?」

「仁様。俺は笑ってません」

「ぬかせ。お前が剣ではなく景色を見るなど、不気味すぎて気になる」

 黄は、蒼の兄であり、現在貴宮家筆頭である仁の護衛を務めている。主の評価では、黄は生粋の戦闘狂。下手なおそろしきものより、剣で何かを斬ることを、何よりの人生の楽しみとしている男だ。

「隠せませんね」

 一応、仁には丁寧語を使い、忠義もある。何もかもが狂っている男ではない。

「蒼。俺にとっての可愛い下の子だ。アイツは真面目だ。そして天才だ。今までは、律のお触れがあるからこそ諦めるしかなかった。いよいよ、奴と殺し合いができる機会が来た。雌雄を決するとはこのこと。思わぬ形ではあったが、これほど心躍る斬り合いができる日をどれほど待ちわびたことか」

 律には細かなルールや法の他に、絶対に守らなければならない『お触れ』と呼ばれる決まりがいくつかある。


 一。律であるならば、妖を殺さなければならない。

 二。律であるならば、己の命より、虐げられる民を救済することを優先せよ。

 三。律であるならば、一生をかけて、妖との戦いに何かしらの方法で貢献せよ。

 四。律であるならば、いかなる理由であっても同胞を呪術で殺傷してはならない。

 五。律であるならば、妖に手を貸す者も厳罰に処さなければならない。

    万が一同胞がこれに相当する場合、四の攻撃禁止は無効となり処理を可能とする。


 再び外を見て、その島が見えるのが今か今かと待ちわびている。

「相変わらずだな。黄」

「ん?」

 黄よりも歳をとった男が一人、彼に言葉を向けた。

「ああ、内心穏やかじゃないよなぁ。先生は。かつての教え子が破禁のならず者と殺しが好きな化け物だ」

「……それを言うのなら、せめてお前だけでももう少し真面目な性格の護衛ならいいなと思うよ」

 仁が、先生の元教え子への文句を聞き失笑する。

「こいつが真面目ねぇ。無理だろう。貴宮の護衛を務める連中は、一言で表せば剣だ。妖を斬ることに最高の喜びを見出す。いや、斬りたいのは妖だけじゃないかもな」

「否定はしませんよ。俺も、そして我ら一族も凶器です。我らが磨く技は殺しの技、だからこそ奴がそれを我らに向け始めたということが、唯一の誇りである、律であることを捨てることに他ならない」

 もう一人、幹部の男は特に会話に興味がないようで目を閉じている。それが見えた黄はそれに触れながら戯言を放つ。

「俺もそうだが、この場でまともなの、先生くらいしかいないぞ。そこの男も貴宮家お抱えの戦闘狂っすよ。なにせ戦い以外のことは最低限のこと以外話しやしない。俺的にはまともな人間代表で先生がいてよかったなぁとか思ってますよ」

「おい、黄。主もまともじゃないみたいな言い方だなぁ?」

 仁の問いに、黄はノーコメントでしらばっくれる。

 会議室に一人、部下が入ってきたのはその時だった。

「まもなく沖ノ鳥に到着します」

「そうか」

 貴宮は立ち上がり、近くにいる幹部と護衛に、指示を出す。

「御門さんからは島の者は皆殺しにしていいそうだ」

「本当ですか」

「そう、反逆者を含めて全滅でいいらしい。実験のための島は他にもある。場所がバレた以上は、島からの脱出者を出さないことを優先とする」

 先生と呼ばれた男は、目を閉じてため息をつく。

「くくく」 

 卑しい笑みを浮かべる黄。

「始まるぞ……目を覚ませ。蒼。お前の中の死神と共に」

「だが、まずは島の様子を見るからな」

「なに?」

「島の中がどのようになっているかを確認する。お楽しみはその後だ」

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