第4話 姫と蒼の王子(過去)

 そもそも、これまで語ってきたように蒼の家が仕える貴宮家が敬われるのはなぜか。

 貴宮家の人間は、古来より呪術を受け継いできた家系であり、律の創始者の二十四人の一人である貴宮天磨の子孫だ。五百年前、おそろしきものが発生して、対抗手段のない人類が一方的に惨殺されていた時代。今代においても最強と呼ばれる高度な呪術を使い、日ノ本の人間を救った英雄の子孫ということになる。

 貴宮家を含む二十四の家は、人々に望まれて、彼らの拠り所となり御門と二十四家は華族となり、人間の中で大きな権力を持つようになったのだ。

 すなわちその子孫の一人である紅もまた、現代でお姫様と言っても過言ではない、高貴なお方であるのだ。




 律に入る者には、訓練学校での基礎知識、基礎技能、応用実戦を九年間で修学する必要がある。蒼も律の一員になるため、十歳からそこに在籍していた過去がある。

 そして当時、同級生だったのが、人間だったころの紅だった。

 貴宮紅。彼女の本当の名前。

 つまり貴宮家のお嬢様であり、彼女もまた将来を期待された存在だった。

 彼女と初めて出会ったのは訓練学校に入ってから。家から紅の存在はあらかじめ知らされていて、学校の間にいる間は彼女の護衛をするように父から命令を受けていたため、蒼に彼女と関わらないという選択肢はなかった。

 蒼が最初に彼女と会った時の衝撃は、蒼の心の中に深く刻まれている。

「あなたが蒼?」

「はい。名はそれだけ。貴宮の陰である我が一家に名字は存在しません。そこはご容赦いただければ……」

「素敵」

「はい……?」

「あなた。綺麗ね。外も凛としていて、中にもよどみがない。とても、誠実な人なのね。きっと。これからよろしく。蒼!」

 その時の彼女の笑顔は、魂まで魅了されるほどに美しさと愛らしさを兼ね備えていた。

少なくとも、幼かった蒼には、その様に見えたのだ。

 自我が芽生えた頃から、油断や安心が許されない家に住み、笑みのない家族と共に、ただ厳しい修行を行ってきた蒼にとって、初めて見た美しいものだった。

 自分はこの方を守ることになる。その責任感は彼女との出会いでより強まり、この美しいお姫様は守れるようにならなければならない、と、当時の蒼に深く意識させることとなった。

 それがすべての始まり。

 蒼は抱いた責任感を原動力に、学び舎の中で自分の能力を凄まじい速さで伸ばしていくこととなった。今の蒼の剣技を形成した大きな要素であることに違いない。

(私が守るんだ。紅様を)




 その覚悟は決して風化することはなかった。むしろ強まったと言える。

 貴宮という有名な家の御令嬢とあれば、訓練学校の中で注目の的となり、注目を浴びる彼女は、持ち前の人の良さですぐに多くの同級生から確たる信頼と人気を得ることになった。

 訓練学校は朝の九時から午後六時まで、厳しい修業と授業が行われる。その間は皆自分の修練に精いっぱいで余裕はないが、放課後になれば話は別だ。

紅には様々な出来事が望まずともやってくる。蒼の家が、蒼に紅の護衛を命じたのは、困ったときに彼女を助けるためだった。

「紅様、この後、花火やるんですけど、一緒にどうですか?」

「ダメよ。紅様は私たちと一緒に、火行呪術の研究をするべきです」

 紅と本当に仲よくなりたい身の程知らずもいれば、将来のために権力者とのつながりをある程度作っておきたいという打算で動くものもいる。それらすべてを含め紅には数多くの人間が寄ってくるのだ。

 紅は、返答に困っている。本当は皆の誘いを無下にしたくはないが、紅は個人的な交友を本家から禁止されているのだ。将来におい部下となる者に情を持たないように。

 このような時が蒼の出番だ。

「すまないが、紅はこれから私と修業なんだ」

「今日も? ずるいなぁ。蒼くんが紅様を独り占めしてるじゃない」

「申し訳ない。さ、行きましょう。紅様」

 紅の手を優しく引きながら集まってきた人々をそれとなくどけて、その場を突破する。

「助けてくれてありがとう、蒼。いつも助かってるわ」

「すみません。手を引いてしまって。すこし強引に行く必要があったので」

「ううん。いいの。いつも助かっているわ。それに、えへへ」

 今度は紅が嬉しそうに笑って、蒼の手を強く握り返す。

(あ……)

 その本当の彼女の笑顔を見るのが、家においても癒されることを許されない蒼にとって唯一にして至高の喜びだった。

(紅が笑った。可愛い……)

 このように彼女に迫りくる問題に対処したり、時に紅を狙う他の家のからの脅威と戦ったりして紅を守るのが、蒼の学校活動における日課だった。

 しかし蒼にとって辛さは皆無だった。彼女の笑っている姿が変わらず好きであり、それを一番近いところで見ることができることが、とても幸せだったのだ。




 彼が王子と呼ばれていたのはこのような事情もあったからだろう。貴宮家の姫をずっと守り続ける姿を、その他の同級生は様々なタイミングで目にしていた。

 蒼は人柄も良く、律としての学力や戦闘力が秀でていて、欠点らしい欠点は特にないエリートであり、そんな護衛に高貴な生まれの紅お嬢様がエスコートを受けている。その姿は執事と令嬢というよりは、蒼の整った外見も影響し、王子とお姫様という虚構の物語の登場人物をイメージした者が多かったということだ。

 実際、客観的にも、紅は蒼と一緒に居たり話をしている時が一番楽しそうにしていて、主従ではなく恋人のように接していたため、姫と蒼の王子のカップルと称されるのも、不自然ではない状況だった。

 もちろん、あくまで彼らが勝手に噂しているだけであり、実際は主従であることは当の本人たちも、周りの人間たちも理解している。

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