第2話

 俺が1ラシド硬貨に転生して何年たったんだろうか、作られた当時はピカピカだった俺の体も人間達の手垢やなんかで薄汚れ、傷や凹みが増えた。


 その代わり色々面白い経験もあったんだぜ、商人の手を渡ってラシド大陸の端から端まで旅したり、冒険者の胸ポケットにも長いこと居たな。

 俺の入ってる場所の近くに小さな穴が開いてたから、ポケットの中からその冒険者が魔物と戦うところとかダンジョンの中を見学できて面白かった。


 とはいえ、そろそろ俺も回収されて鋳つぶされて終わりかな?

 ただなぁ、この体って自分の意思で動けないくせに熱い冷たいとか痛みは感じるんだよ、鋳つぶされるのって焼死みたいなもんだろ……嫌だな。


「あれ? この1ラシド硬貨って他のと違いますよ、偽金は困ります!」

「ああ? 私が偽金使ったって言うのかい、ふざけんじゃないよ!! こちとら此処に店を構えて30年、真っ当な商いをやってきたんだよ、そんなことする訳ないでしょ!」

 おいおいおい、この男何言ってんだ。 俺が偽金の訳ないだろ、100年もの間この国で1ラシド硬貨として使われてきたんだ、女将さん負けるな、もっと言ってやれ!!


「おいおい兄さん、言いがかりをつけるのは止めろや!!」

「でも見て下さいよコレ、明らかに他の1ラシド硬貨と違うでしょう」

「いい加減にして下さい、あんまり騒ぐと警備隊呼びますよ!」

 いつ古銭回収に回されるかと怯えながらも、ラシド公国西端のファソの町の食堂や宿屋を転々としていたら、異国風の服を着た男が俺を偽金だと言ったことで、店の女将や周りの客を巻きこんで大騒ぎになった。


「うん? こりゃあ、建国記念硬貨じゃないか!! まだ残ってたのか、珍しいのう」

 そんな中、我関せずと食事を続けていた爺さんが、ひょいっと俺を覗きこんで驚いたような声をあげ、その言葉を聞いた周りの客達が俺をじーっと見つめきた。

「おおっ、そういやガキの頃こんな硬貨あった、あった」

「あ~コレか~、ばあちゃんが集めてたなあ」

 おいやめろ、おっさん達に見つめられても嬉しか無いんだよ!!


「え、え、え、コレ本当に1ラシド硬貨なのですか?」

「あんた、異国のお人かい? すまんかったね、見慣れん硬貨を渡しちまって」

 周りの反応から俺が偽金ではないと分かったみたいだが、一応確認する異国のおっさんに女将さんも素直に謝ってるし、このまま騒ぎもおさまりそうだな。

 しかし、俺って珍しい硬貨だったの? さっき建国記念硬貨って言ってたよな、爺さん詳しい話プリーズ。


「ところでご老人、この硬貨の事を教えていただいてもよろしいですか?」

 良し、おっさんよく言った! 俺も詳しく知りたいぞ、今まで自分がどんな姿してるのかも知らなかったからな。

 他の1ラシド硬貨と一緒で1って数字が彫られてるだけだと思ってたけど、記念硬貨ってことは他のとはちょっと違うんだろ?


 その後の爺さんの話によると、俺はこの国が建国した年に記念硬貨として数量限定で作られた硬貨のうちの一つらしい。

 記念硬貨にはそれぞれ、100万ラシド白金貨に国旗にも描かれた火を噴くドラゴン、10万ラシド金貨には初代公王の顔、1万ラシド小金貨には公王妃の顔、そして1ラシド小銅貨には火トカゲが刻まれている。

 ただ、白金貨や金貨は庶民が目にする事なんてないから噂で聞いただけ、実際庶民が見たことある記念硬貨は1ラシド硬貨のみだ。

 1000ラシド銀貨と100ラシド小銀貨、100ラシド銅貨には記念硬貨は作られなかった。

 ただ、1ラシド記念硬貨は小銅貨、小さく薄い銅貨は破損しやすく、この100年の間にそのほとんどが回収され鋳つぶされ、今も現役硬貨として流通しているものは少ない。


「疑問なのですが、なぜ1ラシド硬貨は火トカゲなのでしょうか? 火トカゲは魔物、それも最弱とも言われる魔物ですよね、それがなぜ硬貨に?」

「火トカゲは確かに弱い、他の魔物や人間に食料として狩られる事も多い。 だがそんな火トカゲが100年生き延びると火を噴くドラゴンに進化する、という昔話があってな。 まあ、縁起物じゃの」

 へー、そんな理由があったんだな……あれ? 今って確か、建国100年祭が開催中なんだよな、ってことは俺も作られてから100年経ったってことか?

「縁起物ですか、それは良いことを聞きました。 この1ラシド硬貨は、甥への土産にいたしましょう」

「それが良いじゃろ、ここまで傷んだ硬貨は回収されて鋳つぶされるからのう、異国の地で珍しい硬貨としてその姿を残してもらえれば、コイツも幸せよのう」

 俺が感慨に耽っている間に爺様達の話は進み、俺は海を渡った先にあるドレミ帝国に住むおっさんの甥っ子への土産となる事が決定していた。

 このままこの国にいたら、回収されて焼死するしか無いんだから、異国に行けるのはラッキー。

 後は俺が土産として渡される相手が、どんな奴かだよな。


 その後、俺は宿に戻ったおっさんに石鹸で洗われて汚れを落とし、布で磨かれて多少の艶が出たところで紙の箱に入れられ、ドレミ帝国への長い旅路を過ごした。

 甥っ子への土産としてカバンの奥底に大事にしまわれたせいで、周りの声もほとんど聞こえず、箱の中は勿論真っ暗で何も見えない。

 揺れを感じるから移動しているのだけは分かるという旅路は退屈で、寝てばかりいたから実際どれほど時間がかかったのかも分からなかった。

 船旅楽しみにしてたのに、何にも見えなかったじゃねーか、バカヤロー!!

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いや、金に困らない生活がしたいって言ったけどさぁ…… @ruysan

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