第4話

若い皇帝の初仕事は、先帝の葬儀であった。これは葬儀をつかさどるものが後継者としての地位を内外に示す目的もあり、その場でようやく祭司長が帝冠を死んだ皇帝から外すのである。言い方を変えれば、祭儀を無事に取り仕切らなければ、即位したとしても、その威厳は地に落ちる。それだけにジギスムントが他事をヘッケラー宮内尚書やミュンツァー国務尚書にゆだねても、先帝の葬儀だけは人一倍に神経質になったのだった。ただでさえ、宮廷内でジギスムントの足を引っ張るとする存在には事欠かないのだ。例えば今いきなり皇帝執務室で執務をしようものなら、「先帝陛下の葬儀も住んでいないのにもう皇帝気取りとはなんたる倨傲」と誰と知らず、頼みもせずに知らしめてくれるだろう。

 そのためジギスムントは決して警戒を緩めず、慣れ親しんだ皇太子執務室で執務を続けた。特に口さのない奴らは自分の粗を探すチャンスに飢えているのだ。もとより人付き会いのさほど良くないジギスムントは、敢えて狭く作らせた執務室で公務に没頭できるのを幸いに思っていた。ふと机の上のろうそくが揺らめき、ジギスムントの黒い眼に奇妙な輝きをともらせた。


「世事にはずるい奴が多すぎる」

と誰にいうでもなく独り言ちると、ジギスムントは今年の小麦の価格が異常に値上がりしているという報告には価格のつり上げを図る業者の取り締まりを命じて次の書類にとりかかろうとすると、雨が鎧戸を叩く小さい音がして、彼は自分が思っていたより長い時間思索にふけっていたことに気が付いた。窓の外を見ると、もうすっかり陽は落ちようとしている。

 外の景色をしばし眺めているところに、ジギスムントは聞きなれた、規則正しい4回のノックを耳にした。来客が誰であるかは7割がた想像がついているが、ジギスムントは一応、はいってよいと一言述べた。


「失礼いたします」とさほど悪びれていないような声色で返事をしながら入ってきたのは、予想していたものが1人、そしてやはり予想していたものがもう一人だった。オルブライト皇帝書記官次長補佐―これはまだ内定してないがジギスムントはもう一人の側近として固めようとしていた―と女官アンである。

「もう、今日の執務は終わりなんだがな」

といって彼は引き出しからブランデーを出してもう冷めてしまった紅茶に入れようと、アンは、ブランデーのボトルを彼から取り上げた。

「2点指摘いたします。ジギスムント様はいつもブランデーを注ぎすぎて、茶葉の味わいを殺してしまいます」

といつもの淡々として口調で述べた。

「それは、いつもの、ことなんだよ。ブランデーの、紅茶割りなんて、いってね」

ジギスムントが日ごろの癖で口ごもりながらブランデーの瓶を取り返そうとすると、それをつれなく押しとどめてアンは次いで述べた。

「そして、もう一つは、まだジギスムント様の執務は終わっていません」

ジギスムントは意外な言葉に数度瞬きしたが、そうしてもう一人の来客―オルブライトの方を向いた。

「そうやって、君がいる理由なわけか」

「みたところ、左様で」

丁寧だがどこか他人口調でオルブライトが首肯した。口元のひげをいつもの癖でいじり、美食で少しふくよかになった体を撫でて、彼はアンを顎で指した。

「私も彼女に連れてこられてきた次第です、役職のない女中に、首根っこをつかまれてね」

うん、というかどうかで、ジギスムントはアンに目を向けった。栗色の目が、いたずらっぽく輝いた気がした。

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大帝ジギスムント伝 @Shinotomo13

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