4-7

 中央控え室の扉をあけ、既に到着していたリインベル兄妹とばっちり目が合った。セブラルが口を開きかけたとき、妹のフィアナが猛然と詞御に駆け寄って来て抱きついたのだ。彼女の腰まである栗色の髪がふわっと舞い上がる。


「な、フィアナ?!」と絶句するセブラル。

「い、いきなり詞御さんになにするのですか!」と激昂する依夜。

〔……消滅させていいですか?〕と静かだが怒りをあらわにするセフィア。


 三者三様の様相を見せる中、フィアナはそれに構わず(気付かず)、抱きついたまま、顔だけを詞御のほうに上目遣いで向ける。


「まさか、ここで再びお会いできるとは思ってもおりませんでした。先ほどの対戦相手の紹介を見て驚いている次第です。この機関に入校して良かった。二年半前の事は感謝してもしきれません! あぁ、これは運命かと」

「う、運命?」


 セブラル、依夜、そして自身の内からのセフィア、三者三様のするどい視線の矢が突き刺さった詞御は冷や汗を流す。そして、フィアナの言葉を受け、どもりながらも何とか答えを返す。


「はい、〝運命〟です。わたくし、フィアナは詞御様にまた会えることを一日千秋の思いで待ち続けていました。お慕いしております、詞御様っ!!」

「「〔な!?〕」」


 頬を赤らめ、涙目で詞御に大胆な告白をするフィアナ。それを受けて二人と一体の口調が重なる。ちなみにルアーハは依夜の中で、「面白くなりそうじゃ」と他人事のように、そして楽しく事の成り行きを見守るつもりでいた。


「お、お前、なに言ってやがる!」


 我に返ったセブラルは、むんず、とフィアナの首根っこを掴むやいなや、力づくで詞御の身体からむりやり引っぺがす。


「痛いですお兄様! 一体、何をされるのですか!」

「うるさい、黙れ妹。お前、どういう了見だ、ああっ?!」

「どういう了見も何も、自分の気持ちに素直になっただけです。何がいけないのですか!?」


 詞御に向けたのとは別な意味で、怒りで顔が真っ赤になったフィアナは兄に向かって叫ぶ。だが、それには構わず、セブラルは詞御に目線を移し、三白眼の形を取った眼で、怒りをあらわにする。


「……不承不承、二年半の時を経て、てめえには感謝の念が沸いていた。が、やっぱり気のせいだった。てめえ、あの時、俺と出会う前、妹に何しやがったっ!!」


 濡れ衣だ! と詞御は心の底から叫びたかった。何もするも何も、詞御自身はあの時、ただ助けただけ。それ以上も以下も無かったからだ。言えなかったのは、セフィアの無言の圧力と、依夜の行動だった。


「痛い?! 何する依夜!」


 依夜は、詞御のわき腹を思いっきりつねったのだ。そのせいで、本来の言うべきことが言えず、別な言葉が口から出てしまう。それをどう捉えたのか、セブラルは、


「……ほほぅ、弁解もなしか。これは、別な意味で〝闘いの儀〟に身が入るぜ。妹をたぶらかす奴はぼこぼこにしてやるっ!!」


 身体から黄緑の昂輝を出して詞御を威嚇する。


「だ、駄目です! ……と言いたいところですが、今回ばかりは詞御様には負ける訳には参りません。一族の悲願がかかってますから」

「悲願?」

「けっ。てめえに教える義理は無いが、話に出た以上仕方ないから教えてやる。耳の穴かっぽじってよく聞きな。それは、〝国籍〟を貰うためよ! 本来なら十年待たなければいけないのを、この〝闘いの儀〟と【】に勝てば獲得できる、という約束を国王陛下と取り付けたからな。きちんとした国籍をもらえれば、この月読王国の福利厚生の恩恵をきちんともらえる。だから、負けられないんだよ、俺たちもそうだが、一族の為にもな!!」


(【】はあっちも伏せられているのか。一体なんだというんだ?)


 詞御の思考が、ある単語に向きかけたとき、今まで傍らで固まっていた(フィアナの大胆告白で思考が停止していた)依夜が口を挟むことで、詞御の思考が現実に戻ってくる。


「そちらの事情はよーく分かりました。でも、こちらにも絶対に負けられない理由があるのです。負けません!」

「ああ、居られたのですね、皇女様。それで、何故、詞御様の側に居るのですか?」


 相手が皇女だからか、言葉使いは一応丁寧だ。しかし、言葉の端はしにトゲを感じるのは何故だろうと詞御は内心首をひねる。


「最初から居たじゃないですか! それにわたしは詞御さんのパートナーです。先ほどの映像を見てなかったのですか?」

「……済みません。詞御様のご尊顔しか眼に入ってなかったです。これは失礼しました皇女様」


 依夜は、フィアナの言葉と態度にどことなく慇懃無礼さを感じた。依夜自身のおんなの何かが訴える。この娘を詞御には近づけてはいけない、と。依夜は詞御の前に立ちふさがる形で前に出た。

 詞御が視界にうつらなくなった事に、フィアナはむっと僅かに眉をひそめる。


「別に敬称つけずに名前でいいわよ! 今はお互い敵同士なんだから! それと敬語もいらないわ。対等にしていきましょう」

「それを聞けて安心しました。兄とはまた違いますが、どうやら貴女はわたくしのライバルのようです、依夜さん」


 ええっとなにこの展開? と半ばかやの外に追い出された形になった詞御は、途方にくれるしかなかった。それはセブラルも同じようで見れば半ば呆けていた。


「それでは、詞御様、闘技場でお会いしましょう。できればそのあと――」


 が、フィアナの言葉と詞御の視線を感じるや否や、キッと詞御をにらみ付け、


「ぎったんぎったんのズタボロにしてやるから、覚悟しとけや詞御! ほれ、いくぞフィアナ!!」

「待ってくださいお兄様!? まだ言い足りないことが……!!」


 フィアナの服の首襟を掴んだセブラルは、そのまま引きずる形で中央控え室を後にしていった。フィアナの言葉がフェードアウトしていく。


(〝そのあと〟の次に何を言いたかったのだろう?)


 取り残された詞御たちは、ぽつんと佇む。いや、佇んでいたのは詞御だけだった。依夜は、セブラルたちが後にした扉をまるで親の敵を見るかのように、にらんでいた。


〔セフィアさん!〕

〔何でしょう、皇女様〕

〔きっちりかたをつけましょう、勝負に〕

〔珍しく同意見です。白黒はっきりさせましょう!〕


 念話で一人と一体の女性が意気投合する。それを聞いていた詞御は訳が分からず、ルアーハに尋ねる。


〔なあ、これって一体どういうことだ? 意気投合するのは良い事だが、尋常じゃない雰囲気だぞ、セフィアも依夜も〕

〔……はあ、高天殿。お主、実力は折り紙つきじゃが、女性の機微に疎いのう。それでは将来苦労するぞ?〕


 だが、ルアーハからの返答は、呆れ交じりの声と中身だった。〝将来でなく、今苦労しているのだが〟と言いたかったが、それは、試合開始の五分前を告げるブザーに遮られる。


「さあ、こちらも武器を取りに戻りましょう。意地でも負けません。女のプライドに掛けて!!」

〔その意気です皇女様。私も負けません!〕


 あの、自分の意思は? と詞御は内心のたまった。言葉に出さなかったのは、そんな雰囲気ではなかったから。

 こうして、実況席のあずかり知らぬ所で、互いが(詞御を除く)戦意高揚する対面となったのだった。

 

      ◇       ◇       ◇       ◇       

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